第37話

 ナツは救急車に運ばれている時、どうしてこうなったのか、ここまでの経緯を思い出していた。


 カイの舞を見た後、みんなで少しだけだが祭りを回った。相変わらずナツは固形物を食べることはできないがそれでも楽しめた。

 最後にこの祭りは花火が有名だと聞いていたので、ソラに花火を撮影しようと提案していた。撮影は安高山という小山で行うこととなった。そこで見る花火はとても美しいのだという。

 小山と言っても山は山。登ることは体力的に厳しいが乗り切ってしまえばこちらのものだ。

 もうすぐで頂上だ。もうすぐ待望の花火を見ることが出来る――そう、思っていた。


 ――……あれ?


 興奮していて忘れていた所為もあるけれど、このタイミングで悪くなるだなんて。胃の調子が最近可笑しいなとは思っていた。でもこれくらいの違和感であれば唯一郎の治療でなんとかなる。花火を見るまではと頭では思っていても、ナツが思っている以上に体は正直だった。


「……はっ、う……はっ……」


 呼吸をすることがこれほど体力を消費するものだとは思わなかった。変な呼吸になる、気持ちが悪い。茂みでいっそのこと全て吐いてしまいたい。ナツはそう決めると彼らに気付かれないように茂みに寄ろうとした。


「――ナツくん?」


 しかしそれはカイによって止められる。

 幸い顔色が死んでいることは夜のおかげで分からないだろうが、茂みに急に入ろうとしているところを目撃されてはどう言い訳をすればいいのやら、と思考を回転させる。


「カ、カイくん……これは、その……」


「どうしたの? あ、疲れちゃった? えと、もうすぐ頂上に着くんだけど、もし歩けないならおんぶしてあげるよ!」


 どうしようもなく満面な笑顔。これにはナツも敵わない。彼を見ているととても安心する。不思議と先程までの気分の悪さも若干ではあるが和らいでいた。


「……そう、だね。でも大丈夫。少し、休憩すれば……」


 笑うのがやっとだが、カイに心配を掛けることも心苦しい。ちゃんと笑えているかナツの中で不安ではあったが、当の言われたカイは「そう? じゃあ少し休憩しよう!」と笑った。


 ――ああ、輝かしいな本当に。眩しくて、キラキラとしてて、羨ましい。


「はは。……眩しいなあ……」


「ん? どうしたの、ナツくん」


 ああ、もしもこの輝きに触れてしまったらいったいどうなるんだろう。気持ちの良い感覚のまま、消えてしまえるだろうか? ナツはその輝きに触れようと手を伸ばした。

 その時――。


 ――……ブチン。


「……っ⁉」


 伸ばした手が下がり、意識が飛びそうになるほどの腹痛に襲われる。ここで今意識を飛ばせば、みんなに迷惑が掛かる。なんとか地面に膝を付けることでそれを回避したが、腹痛が治まるわけがなかった。


「ナツくん‼」


 と、同時にまた気持ち悪さが一気に込み上げる。思わず右手を口元へあててしまう。

 呼吸が浅くなっていく。手や足が酸素が渡らなくなり痺れていくのが分かる。一種の貧血状態だ。気持ち悪いのも、吐いてしまった方が楽だということも重々承知しているが今は吐けない。さて、どうしたものか。


「どうしたのっ? 気持ち悪いのっ?」


 カイと言えば今にも泣き出しそうだった。泣かないで、大丈夫って言ってあげないと。心配しないでも大丈夫って言ってあげないと。ナツは段々現実と夢との境が分からなくなっていた。朦朧とする意識の中で息を吸おうとした。瞬間、喉から嫌な音がして咄嗟に息を吸うことを止めた。しかし遅かった。生暖かいものが口いっぱいに広がる。鉄のにおいがして、このままだと溢れ出てしまうと感じた。


「ぐふっ……」


 ポタポタと滴るそれを防ぎ止めることはできなかった。カイは目を見開いて、その場に立ち尽くしている。


「な、なんで……⁉ リっくん‼」


「休憩終わった……ソラ! 救急車呼んで‼」


「ナツ‼」


 あーあー、これじゃあ動画も花火も台無しだ。ナツはついに倒れてしまった。吐血が止まらない。

 ソラは携帯で救急車を呼ぶ。カイは不安なのか目に涙を溜めてナツの服の裾を握っている。当たり前である。吐血した人を間近に見たことなんてないだろうから。

 一番驚いたのはリクの行動である。吐血した人間を目の当たりにしても冷静にナツを介抱していた。


 ――青山さんと似てる。


 リクは慣れた手付きでゆっくりとナツの背中をさする。


「……ナツくん。楽な姿勢を取ろう。今のままだと辛いだろう?」


「…………服、が……」


「汚れる? 服のことなんて気にしなくていい。汚れても洗えばまた使える」


 妙なところで鋭いことを言う。真面目な顔して言うものだからナツは少し可笑しく思ってしまった。遠くから救急車の音が近付いてくるのが分かった。その音を聞いた瞬間、ナツは保っていた意識を手放した。


「どのような状況でこうなったのか知りたいので、皆さん乗って頂けますか?」


 意識を手放してから数分した頃、救急隊員の声がナツの意識をゆっくりと連れ戻す。「いち、に、さん!」という声と共にナツの体がふわりと浮く。救急車に乗り込んだ後、酸素マスクを装着する。酸素が一気に肺に流れ込み一瞬過呼吸になる。びっくりしたけれど、頭はまだ朦朧としていて肝心なことが伝えられない。


 ――みんなも、同乗してるのか……?


「かはっ、げほっ、ひゅうー……」


「――ナツ‼」


 ――そんなに心配そうな顔するなよ、ソラ。


「あと十分で病院に着くから、大丈夫、大丈夫だ」


 そう言いながらソラはナツの手を強く握る。カイなんていい大人だというのに泣きじゃくっている。面白い、痛い。なのに伝えられないのは辛い。


「ひゅー……けほ、けほっ! ソラ、」


「ナツくん? 大丈夫⁉」


「う、お……な、せんせ、い」


「何か言ってる……? ソラ」


「ああ。……ナツ、何を伝えたい?」


 ソラがナツの目を見つめる。ナツは思った。自分が行くべき場所はこちらの方向ではないと。だから伝えなければならないのだ。

 彼なら、分かるはずだ。


「……すみません。今から行く予定の病院の名前……なんでしたっけ」


「え。山代町内内科病院ですが、」


「……行き先の変更をお願いします。場所は山代総合病院。主治医に魚波という人がいるはずです。お願いします」


 ソラの眼光は鋭く、隊員は息を呑んだ。そんなに威圧してはダメだとナツは薄れゆく意識の中で思った。

 少しして隊員の一人が無線で行き先変更の連絡を双方の病院へ取ったようだ。


「わ、分かりました。今から山代総合病院へ向かいます」


 その言葉を聞いたのち、ナツはもう一度意識を手放したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る