第36話
『豊作の舞』が終わり、カイがソラたちに合流した。時刻は21時半になる。
「やっほ~! みんなお待たせ!」
「……お前、化粧」
「落とすのめんどくさくなったから、もうこのまま女で行こうってなった!」
「なんでだよ……っ」
「可愛いだろ~? ねぇナツくん! 踊りは面白かった?」
「うん、とても良かった。ありがとうカイくん」
「いえーい!」
カイがナツと楽しげに話していると、リクがふと何かに気付く。
「……その服、どうしたの」
カイの服装は誰がどう見ても女性ものだった。しかし今の彼の格好からではあまり違和感が無い為、ナツは気にしていなかった。
「ん? ああ、これ。姉さんたちが貸してくれたんだ。姉さんたち、ぼくのこと大好きだから。いつもぼくに似合う服貸してくれるんだ~」
「でもそれ、やっぱり女の人用だね」
「リっくん鋭いね~! ま、ぼくは可愛いから、化粧してるし男だってバレる確率は低いよ!」
「むしろバレろ。バレてしまえ!」
「ソラちん酷い‼ ぼく可愛いのに!」
「――ブフッ」
どこかから、笑いをこらえた音がソラたちの耳に聞こえた。リクの方を見るが彼はいつもの通りだろうと首を振っている。とすれば。
「あははっ、本当面白いなあ」
ナツしかいない。
「……。」
「……? どうしたのみんな黙ったりして」
「わ、笑ったー‼」
「? え? 僕だって笑う時はあるよ~」
心の底から笑ったナツを、こんなにも楽しそうに笑ったナツを、ソラは見たことが無かった。この10年、この笑顔を見たくて仕方なかったのかもしれないとソラは再認識した。
「じゃあやろうか、ソラ」
「え、何をやるの? ソラちん」
途中で買ったリンゴ飴をガリゴリと音を鳴らしながら頬張っているカイと、ラムネを飲んでいるリクがソラを見る。――こいつ本当にさっきまで踊ってたやつか? と疑いたくなるくらい夏祭りを満喫していた。
「撮影だよ、ナツの提案で花火をな」
「――‼ 撮るー!」
見た目は17歳(今は女子の姿ということはさておいて)、なのに精神年齢が5歳児にしか見えないことには、目をつむろう。
「はあ……」
「ソラ、なんだか老けたな」
「何も言うなリク。悲しくなるから」
「ねえねえ! ならあそこに行って撮ろうよ花火!」
「は?」
「凄く疲れすぎて怖い顔しているとこ悪いけどさ~」
「誰の所為でこんな顔になってると……!」
「
「安高山?」
「地元じゃちょっとした名所で、花火がよく見える穴場スポットなんだ。きっとナツくんも気に入ると思うよ」
「へえ……。きっと、凄く綺麗なんだろうな」
なんだろう。ナツの声量が今少し小さくなったような気がする。ソラは彼のことが少しだけ気掛かりだった。
「――そうだな。よし、花火開始までもう20分を切ってる。行こうか。カメラ回すぞ」
「はーい!」
ソラはススマートフォンのカメラを起動し、自撮り機能で撮影を開始した。
「……はい、みなさんこんばんは。アナザーデイズです。今日は地元の花火大会に遊びに来ています。本当はね、お祭りの風景とかも撮りたかったんですけど、ちょっと時間が足りないので今回は花火だけ。すみません!」
ソラはカメラに向けて一礼する。そして周りを映す。カイは手を振り、リクはいつも通り感情の読めない顔をして、ナツはにっこりと微笑んでいた。
「時間が無いので早速花火が一番綺麗に見れる噂の場所に行っていきたいと思います! それでは――よし。これくらいでいいか」
「? どうして撮影止めるんだよ。別に回しててもいいのに」
「いや、バッテリーが持たない。充電器持ってくれば良かった……」
「そか」
ナツは静かに笑った。
安高山は祭り会場から3分以内にある標高の低い山だ。ちんまりとしていて地元民も名所とは言いつつあまり来ない。
――だから穴場……ね。
体が17歳という若さの体でも、やはり中身はアラサー。この年でこの坂は少しキツいなと思いながら一段ずつソラは足を進めていく。
「……? ソラちん、待って」
「はあ、はあ……ん、なんか言ったか、カイ」
後ろからカイがソラを呼び止める。
「ううん。ナツくんがちょっと疲れちゃったんだって」
そういえば、祭りの時から休みなしでナツは楽しんでいた。疲れも出て当然だ。
「あ、悪い。少し休憩しようか」
頂上まであと少しだが時間もそんなに急ぐ必要が無い。少しくらい休んだって大丈夫。
「うん。大丈夫?」
暗くてあまり見えないが、山を登る前から体調が優れなかったのか辛そうにしていた。楽しそうにしていたからつい彼の体のことを忘れていた。
時計を確認する。花火が始まるまであと5分程度。それまでに体調が戻ればいいのだが花火よりもナツの体調が優先だ。
ソラも休憩しようと近くに腰掛けようとした時、リクが目の前に立ちはだかる。
「……どうしたリク?」
暗いからか、いつもより更に表情が読めない。だけど、リクはどこか迷っているような空気を纏っていた。
「なあ、ソラ。少しだけいいか」
「な、なんだよ。改まって……」
「前から聞こうと思ってたんだけど」
――やめろ。
その言葉はきっと確信している。ソラは動揺を隠せなかった。
「お前はこの時代のお前じゃ――」
――それ以上は!
リクが“それ”を言い掛けたその時だった。
「ナツくん‼」
カイの叫びにも似た悲痛な声が聞こえた。
「リっくん助けて!」
その声にいち早く気付いたリクは急いでカイたちの元へと走る。ソラも続けて走った。
「――ナツ‼」
目の前に信じ難い光景が広がる。ナツが吐血をしていたのだ。
その時ソラはどうしてだか、“その時”は今日ではないと、目の前のこの場面を受け入れることができなかった。
「なんで⁉ 今日じゃないはずなのに‼」
ふとリクの声が聞こえて意識した。
どうして“その時”が今日じゃないことをリクは知っている?
「ソラぼけっとしてないで救急車呼んで‼」
リクの、今まで聞いたことのない声でソラは、やっと現実に戻る。
花火が上がる2秒前、彼らは救急車に乗り込んだ。
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