第15話

 ナツはリクのことを鋭い人だとは感じていたが、まさかここまでとは思ってもみなかったことだろう。この一日彼らを見ていたけれど、ナツはリクが他人の表情を読むことに長けていることに気が付いた。カイが人の心に寄り添うように、リクもまた別の意味で人に寄り添う能力を持っていた。だから一番気が抜けないと思った。


 ――僕の心を見られては困る。


「ナツ?」


「えっ」


 気を張り過ぎてソラの声がナツの耳に不意に聞こえた。ナツは驚いて咄嗟とっさに身構えてしまった。いつもなら揺らがない得意のポーカーフェイスも彼らといると何故か崩される。


「いや、ラムネのビー玉をさ、取り出す動画を撮るって言ったんだけどさ、ラムネでもメントスコーラみたいなの出来るのかなって思って。で、そっちにしようかって相談だったんだけど……。大丈夫か?」


「ご、ごめん。ちょっと考え事してて。うん、面白いね。そっちをやろうよ」


「そうだよなぁ。やっぱ他の人がやりたくなるようなことやりたいし。よし。カイ!」


「なーに?」


「メントスラムネに変更しよう!」


 その点、このソラという男はよく分からない。ナツにとって今までに会ったことのないタイプの人間だった。あの日から7年間、友人を作ることから逃げてきたツケがここで回ってきたのかもしれないとさえ思う。


 ――でも、不思議だな。


 嫌と思わない自分がいることが可笑しいとさえ思えるのだから。


「……カイくん。ちょっと聞いてもいい?」


「うん?」


「動画を撮るって言ってたけど、これってどういう活動? 部活なの?」


「えっとねー。今流行ってる動画アプリは知ってる? まあ、7年以上も前からあるものなんだけど。4年前くらいからかな。ぼくたちも動画を投稿してるんだ」


 説明をしてくれながらカイはスマートフォンを取り出して動画アプリを見せてくれた。確かに、小学生の時に流行っていた『クリエイターズ』というアプリ。ソラたちのチャンネルには今までの動画が載っていた。再生回数はそこそこ、登録者数もまあまあいた。


「凄い……」


「地道だなーって言われたり、こんなの将来お金にならないってみんなは言うけど。ぼくたちはそういうの目的でやってるわけじゃない。ぼくとリクはただ単純にソラの作品をみんなに見てもらいたいだけなんだ」


「……いい、関係性だね」


「うん。ソラはこの町にいるには勿体無い才能を持った自慢の友達なんだ。協力してるって言っても、ぼくたちはただつるんで一緒に楽しんでるだけなんだけどね~」


 ソラのことを話しているカイは照れ臭くしていたが、ナツから見ればとても良い顔をしていたように見えた。


 ラムネとメントスを高校の近くにある駄菓子屋で購入し(その他諸々もろもろも購入)、撮影する場所へと移動する。どこで撮影するのだろうとナツは想像もつかなかった。


「……あれ? ここって」


 気付けば昨日と同じ光景が目の前に広がる。ソラの家だった。


「そうそう。俺の家だよ。今日は濡れるだろうから庭を使う。ばあちゃんたちは今日出掛けてていないから好きなようにしていいぞ」


「自分の家で撮影するんだ」


「ソラちん家のお庭は広いからねー。普段はソラちんの家かリっくんの家で撮影することが多いよ」


 カイがテキパキと撮影の準備を始めていた。ふわふわしているようで実はしっかり者というのが彼の印象だった。リクは先程買ったものを並べている。ソラはカメラの準備をしており、ナツはと言えば、どうしてだか縁側に座っているだけだった。


 ――……彼らを眺めているだけ。


 ポツン、と世界にひとりだけ取り残された感覚になった。


「ナツ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」


 ひとりだった世界に一筋の光が落ちる。


「え……」


「いやだから。こっちこっち」


「えと、何をすればいいの?」


 ソラに手招きをされ庭に出る。近付くと駄菓子屋で購入したメントスを渡される。


「メントスを入れる係り。……なあ、本当にいいのか?」


「何が?」


「映像、思い切り顔出ちゃうし。俺はそれを投稿する為に撮影する。注目されることが嫌いなやつもいるから……その……」


「今更かい? 心配しないでいいよ。それに」


 ナツはその後の言葉を言おうか少し迷った。


「それに、何かを残せるってことは素晴らしいことだと思うよ」


「? そう……なのか?」


「うん。そうだよ」


「そっか、じゃあ始めようか!」


 ソラはカメラの電源を付け、画面の前にみんなを集める。

 そうして彼らの、ここからナツの“作品”が始まるのだった。

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