第16話
「はい、こんにちは! 『アナザーデイズ』のソラと」
「カイと!」
「リク」
「そして今日はアシスタントとして新しいメンバーのナツに来てもらっています」
「こ、こんにちは。ナツです」
「さて。今回の動画は誰の企画ですか?」
「はーい! ぼくの持ち込みだよ~。今回はこの夏に1回は絶対に飲みたいラムネにですね、こちらのメントスを入れるとどうなるのか! という検証をしたいと思うのですよ」
確かに、メントスといえばコーラというイメージが強い。それをあえてラムネでやってしまおうというのだ。
――面白いこと、考えるなあ。
「用意するものはラムネとメントスだけだな。よし、リク。カメラは頼んだ」
「了解」
「まずはラムネを開けなきゃだね。ビー玉はどうする? そのままでもできるかな」
「そもそもビー玉ってどうやって取るんだ?」
動画の撮影、と聞いていてナツはテレビのVTRのようなものを想像していたけれど、彼らは”なんてことない日常の一部”をただ楽しく楽観的に撮影しているようだった。その光景はナツにとって、とても衝撃的なものだった。
「割って、取ればいいんじゃないかな」
なんて、三人の中に急に言葉を掛けてみる。バカだな、僕は。急に話を止めたらそりゃあ驚きもする。彼らの仲には簡単には踏み込めないと本能では理解している癖に、ついポロリと、会話に参加したかったからという理由で彼らの会話を止めてしまった。
ダメだな、と、思ったのに。
「いや、どんなサイコパス発想?」
「割るのも面白いな」
「えー! 飲み口熱して大きく変形させるのはダメなのー?」
「カイの方がやばいな」
あははっとソラとリクが笑っている。カイはぷくりと頬を膨らませて怒っているようにも見えた。ナツにとってそれは予想外の展開だった。
「まあ、割るのは危ないし、かといって熱するにもまずバーナーとかがいる。そんなの用意する時間は無いからこのまま続行しよう」
「ちぇっ」
「ナツ、入れてみよう」
「え、あ、うん。じゃあ、入れまーす」
メントスをひとつ、ナツはラムネの中に入れた。ビー玉に当たったがちょっとだけずれたおかげで底まで入った。
次の瞬間、瓶の中でプツンと何かが弾けた音がした。その音は徐々に膨れ上がり、やがてラムネはメントスコーラのように勢いよく空を目掛けて噴射し始めたのだった。
彼らの制服が飛び散ったラムネによってびしょびしょに濡れたことは言うまでもない。
「……えー、と。検証結果は見ての通り、メントスコーラと同じことが起きる、でした。この検証が面白かったなと思った人は是非、また次の動画を楽しみにしていてください! 以上、『アナザーデイズ』でした~」
みんなは軽く会釈をし、そうして撮影が終わった。下校から約3時間。意外と長いこと撮影をしていたのだなとナツは思った。
「とりあえず服気持ち悪いだろ。風呂入れるから入ってってくれ」
「やたー! そのままお泊りコースだー!」
「カイ。転ぶよ」
「転ばないもんねーだ!」
「……」
カイは洗面所に直行し、そこにあったタオルを勝手に拝借する。リクもだ。なんで、そんなに普通に他人の家のものを触れるんだろう。ナツは不思議に思った。ああ、友達だからかな? その答えはナツの心をチクリと攻撃した。
「ほら。ナツも。な?」
「……あ、うん」
ソラからタオルを受け取り濡れた髪を拭く。砂糖が入っているからか少しベタつく。お風呂が入るまでカイたちは居間で待つことにした。この空間は苦痛だった。
「沸いたぞ~」
1時間程して風呂が沸くとカイとリクはさっさと風呂場に行ってしまった。遅れてナツも向かう。ナツは迷っていた。彼らと一緒に風呂に入るということはこの腹部の
「気持ち……悪いよねぇ……」
中学の頃、体育の授業の一環でプールがあったが、クラスメイトに見られてからみんながその日からナツを避けるようになった。それからだ。ナツは自身の体が憎く思え、同時に友人を持つことを恐れるようになった。
――友達だと思ってた人ほど、同情する。
誰も、信じられなくなった。もしもこんなに楽しい日が続いてしまったら、果たして僕は僕が死ぬ時、ちゃんと彼らを切り捨てることができるのだろうか。気付きたくもない本音が心に浮かぶ。じわじわとその本音は心を刺していく。自覚してしまうと結構きつい。
ブブブとズボンに入れていた携帯に着信が入る。カイとリクに聞かれてはいけないと思いその場を離れる。相手は、唯一郎だった。
「……もしもし」
『夏人、お前今日帰ってくるな』
……出て第一声がそれってどういうこと? と、普通の人はそう思うだろうが、ナツにはその言葉の意味が瞬時に分かった。
「……母さん来てるの」
電話越しの唯一郎が息を呑む音が聞こえた。
――図星だな。
ナツの母・
『いや、今日は友達のところにいるから来ても意味ないって伝えたんだが……。すまん、姉さんを止められなかった。今日泊めてもらうことはできそうか?』
「分かんない。1回、聞いてはみるけど」
『ああ。連絡待ってる』
そう言ってナツは電話を切った。最後、唯一郎の電話越しから母親の声が微かに聞こえた。別に苦手意識があるというわけではない。ただ、会いたくないのだ。
ラムネの甘いにおいがふわりとナツの鼻をくずぶった。
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