第13話

「やあ、昨日はどうもありがとう、ソラ」


 1限目が終わり、ソラたちは廊下でいつものように駄弁だべっていた。そこにひょこっと新しい顔がソラの視界を遮った。


「ナツ」


「え、えっ? ソラちん、転校生くんと知り合いだったの?」


「……まあな」


「の、割には人見知りしてるみたいだけど」


「リ、リク!」


「人見知り? いやいや、昨日のソラと言ったらね、」


「あーあーあー! ナツ!」


 ソラはもういいと言った感じでナツの話を断った。ナツは「もう少しで面白くなるのに……」と残念がっていた。


「こいつらは俺の友達。こっちがリク、で、こっちがカイだ」


「なにそのテキトーな紹介は! 海原誠です。これからよろしくね~」


「堀内陸司です。よろしく」


「よろしく」


 ナツは先程のテンションとは打って変わってなんだか微妙にたじろいだ。何故たじろぐ必要がある? と思い、その真相を確かめようとした瞬間に、2時限目の始まる5分前のチャイムが鳴った。


「あ、チャイム」


「やばっ、次ってなんだっけ。社会?」


「違うでしょカイ。数Ⅱだよ」


 教室に戻り、数学の教科書を手にする。横目にナツを確認すると、彼はどこか何かを諦めたような表情をしていた。


「…………よろしく、なんて、できないのになあ……」


 ぽつり、ナツが何かを呟いた。何を言ったのかは聞こえなかったが、彼の纏う雰囲気に負けてソラは彼に声を掛けてやれなかった。

 4限目までが終わり生徒たちは昼休憩に入る。カイとリクは弁当を買いに校舎1階にある購買部へと出掛けていた。ソラは手作り弁当を持ってきていたが、この教室で食べるにはちょいと勇気がいる(新太郎の作った可愛らしい弁当の為)。

 ナツはというと既に教室には姿が見えなかった。どこかへご飯を買いに行っているのだろうか。いや、この日は確か……。心当たりのある場所と言えば、ない。ないし、覚えてもいない。なんせ10年も前の話だ。あの時はたまたま見つけることが出来た。中庭などを探してみたがどこにも彼の姿は見当たらない。


「どこにいたんだっけ。あと探してない場所って……。あ」


 ふとソラの頭上がかげった気がした。晴天であるのにどうして急に? 雲の所為かと思い上を見上げると生徒も利用できる校舎の屋上にナツに似ている人物を見掛けた気がした。

 一度ダメもとで屋上へと向かっている。高校の屋上なんて、在学中でも指折り数える程度しかソラは使用したことが無い。そもそも近年の学校は屋上に這入れないように施錠せじょうがしてあるものだが、何せこの山代町という町はゆる過ぎる。自殺防止の柵だって無い。この学校の特徴を考えれば多少は理解できるが、危険な場所であることは明白だった。屋上に入る扉の前へ辿り着き、軽く外を覗いてみる。

 ナツはやはりそこにいた。

 風に吹かれて前髪が揺れてる。表情はなんだか物思いにけていた。

 年に似合わない顔や言動。そしていつも何かを諦めたような目をしている彼をソラはずっと謎に思っていた。どうしてもそこに触れてはいけないと思っていたからだ。

 扉を開ける。錆びていて少し開けづらかった。キィー……と鈍い音がして、外を見ていたナツがこちらを向いた。


「……やあ、ソラ。どうしたの?」


「あー、いや。ちょっと見掛けたから、さ」


 見えいた嘘だっただろうか。


「何それ」


 別にいいけどと、ナツはどこかふてくされた。口ではああ言ってるがナツの顔は笑顔だった。心配したから探したとは恥ずかしくて言えない。


「ナツ、お前昼は? 食べてねえの?」


 何気なく話を逸らす為に別の話題を振ってみる。ナツは小さいタイプの野菜ジュースのパックを持っていた。良かった。一応何かは摂取しているようで少し安心する。


 ――明らかに少食そうだしな。


「んー。今日はお腹空いてないんだよね」


「ふーん……」


 “今日は”ね。その言葉に妙にもやもやとした感情が浮かぶ。まあ、いいだろう。ソラはナツの隣に行き、柵に寄り掛かる。風が吹いていて心地がいい。昼休みも残り30分程度だ。5分前のチャイムまでまだ時間がある。

 ソラは何か口寂しいことに気が付いた。未来の彼は喫煙者であった。その為、いつもの癖で手が煙草を持つ形になっていた。別に欲しているわけではなかったのだが……。


「ソラって、もしかして不良だったの?」


「違う! ……けど……」


「……シガレットチョコなら持ってるけどいるかい?」


「…………くれ」


「君が煙草を吸っているなんて意外だったな」


 クスクスと面白がりながらソラに菓子を渡した。渋々受け取りそれを口にくわえる。甘い。子供の頃に食べていた味だった。


「それ、そんなに美味しい?」


「ん? まあ、そうな。美味しいよ」


「そっか! んひひ」


 変な笑い方をしていたが、ソラはここにきて初めてナツの笑った顔を見た気がした。どうして時々、人生を諦めたような目をするんだって今なら聞けると思った矢先、5限目開始5分前のチャイムが鳴った。


「あ、もう戻らなきゃだね。行こう」


「ああ」


 ナツが先にそのまま出ると思ったがナツは振り返ってソラにこう言った。


「凄く何かを聞きづらそうにしてるけど、別になんでも聞いていいから。ソラになら、聞かれても嫌じゃない気がする」


 じゃあね、と今度こそナツは先に教室へと戻って行った。ソラは不意を突かれ、その場にしゃがみ大きくひとつ溜息を吐いた。


「……なんなんだよ、それ。見透かされてるみたいじゃんか。……はあー。超恥ずかしいじゃん……!」


 ソラはもらった残りのシガレットチョコをたいらげ教室へと戻った。

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