第12話

 一日が経過してもソラはまだ“二度目”の中にいた。カレンダーを確認すると今日は金曜日らしい。昨日はナツに会って、今日は高校に登校する。なんで2回目の高校なんて経験しなければならないんだ。とはいいつつ、楽しんでいる自分がいる。


 ――うわ……10年振りの母校か……。


 ソラの母校である市立山代高等学校は中高一貫校の男子校であった。ソラの時代――10年後の世界では山代高校は廃校となってしまった。人数の減少による廃校だった。

 母校に足を置いたソラはとても興奮していた。確か教室は2組で、席は後ろから窓際の2列目。教室に向かう階段を上がる度に当時のことを徐々に思い出していく。案外記憶というものは簡単に忘れることはないようだ。


「うわっ……懐かしい……」


 朝早くに登校した為教室には誰もいなかった。誰もいない教室。変わらない机。空気。何もかもが当時のままの状態に驚かされる。自分は本当に過去にいるんだとこの時急激に実感した。その事実に悲しみさえ感じた。

 とりあえず席に着席し、持ってきていたスクールバックの中に入っていたノートを取り出す。中を開くとそれは数学のノートだった。当時の不真面目さが反映されており、見ていて可笑しくなった。


 まずは昨日一日のことを整理してみよう。


 の昨日。結婚報告のために実家に帰省した。数年前に死んだばあちゃんに戻ってきたことを報告。昔のことを思い出しているとじいちゃんが……何故かナツのスマートフォンを持って来た。それは、ばあちゃんがナツから直接もらったものだという。

 自分には渡す資格が無いから――と。

 そんなもん、お前が決めることじゃないだろ。と、今だったら伝えられるのだろうか。

 そのスマートフォンは充電が切れていたので、昔使っていた部屋にあった充電器を使用し充電をした。


 それで?

 この10年前にタイムスリップした、と。


 夢ではないということは昨日の怪我で実証済みだった。痛覚がある、ということは夢ではない。そもそも意識することでもないことなのだが。意識する夢、明晰夢めいせきむという夢があると昔聞いたことがある。だがこれはどうもそれとも違う気がする。

 思えばあのスマートフォンを手にした時から何かが可笑しいと感じていた。この10年前という時間に戻されたのはここで何かをさせるためだろうか? その何かをしなければ俺は一生戻れないのだろうか? ……なんて変な想像ばかりしてしまう。


 ――どう考えてもミステリーだろ、こんなの……。でも……。


「もしかして、ナツが呼んだ……とか?」


「ソラちん、おっはー!」


「どぅわ‼」


「ちょっとカイ。そんなに急に飛びついたら危ないだろ。おはよう、ソラ」


「お、はよ……カイ、リク」


 気付けば時刻は登校時間をとうに過ぎていた。10年前から一緒につるんでいる親友たちが目の前に現れた。

 当時、高校時代に動画投稿をすることが周りで流行っていた。ソラもその流行りに乗っかり動画を投稿していた。その動画制作を共に活動していた『アナザーデイズ』の仲間――可愛らしい方がカイ(海原誠かいばらまこと)、そして後から来た方がリク(堀内陸司ほりうちりくじ)――がその姿を見せた。高校2年の時、ソラはこの二人と同じクラスメイトだったことをふいに思い出した。


「? どうしたソラ。元気ない?」


「い、いや。そんなことない。ちょっと考え事しててさ」


「?」


 いけない。カイはともかく、リクは勘が鋭い。気を付けなければ。

 この二度目の10年前はどこかの分岐点を間違えてしまってはならない。どんな気がするからだ。


「はあ……難しいゲームだな」


「ソラちんゲームでも買ったの?」


「そんなとこ」


「えー! いいなあ新しいゲーム。うちなんて次のテストで赤点取ったら次こそ家追い出されそうなんだよ~」


「ゲームくらい、うちでやればいいだろ。テストで赤点なんていつものことだし」


「わーい! さすがソラ、話が速くて好き!」


「その分勉強頑張れよ。」


辛辣しんらつ!」


 ……この世界に来てからというもの、ソラは『そういえば』と思うことが増えた。

 今まで、ナツが死んでしまってからこの頃のことは必死に忘れようとしていて、いつの間にか本当に忘れてしまっていた。成人式も少し顔を出しただけ。

 度々開かれる高校の同窓会にも暫らくは行かなかった。高校時代の思い出から高校の同級生とは距離を置いておきたかった。みんなの顔が見られなかった。後ろめたい気持ちがどうにも込み上げてしまう。だが、今はあの頃とは違うのだ。もう二度と、忘れるなんて馬鹿はしない。


「ソラ?」


「んー。なんだっけ」


「何も言ってないよ。あ、センセー来た」


 変わることのないテンションの高いカイに若干呆れるがこの感覚がとても懐かしく感じる。カイが席に戻るとリクも戻ろうとする。しかし、リクの表情はなんだか何かを言いたげな顔をしていた。


「今日はみんなに転校生を紹介する。入ってきなさい」


 ガラガラと教室の前扉が開く。知っているその顔にソラは“ああ、そうだよな”と言葉を落とした。


「星川夏人です。どうぞよろしく」


 ナツは昨日とは違いどこか楽しげであった。しかしソラの目にはなんだか爽やか路線で乗り切ろうとしているように見えてしまっていた。


 あくまでも、感覚の話だが。

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