第3話

 はぁ、はぁ、と息切れをしているような音がソラの耳元に聞こえてくる。ソラの意識はまだ周りが暗い為か、目を開いているわけではないのだと認識する。徐々に光が目に入射してくるので少し眩しい……。


「――えっ」


 気付いたらソラは自転車を走らせていた。

 それも中々の坂道を、そこそこのスピードで。


「う、ぉあー!」


 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ⁉


 ――俺、さっきまで実家の部屋でうたた寝してたよな? なんで外に、しかも自転車に乗ってるんだ?


 ソラはもう訳が分からなくなっていた。いや、それよりもだ。先にこの坂の頂上に行かなければ死ぬ。傾斜角度約140度、頂上までの距離10m。一瞬でも気を抜けば自転車ごと坂から転げ落ちて人生を終えることになる。たとえこれが夢だったとしてもそれだけは夢見が悪すぎる!

 ラストスパートをかけてソラはついに坂の頂上へと駆け上がりきった。


「……っしゃー! あー、疲れた」


 息を整えつつ現状の把握を試みるが、それは自分の服装を確認した時に一時停止する。


「なんで制服なんか着てるんだ」


 なぜ自分は高校時代の制服を着ている? どうして高校時代に使っていた自転車に乗っていたのだろう。全然理解が追い付かない。……まさか、夢で高校生に戻って学生ライフを繰り返すことになるとは。非現実にも程がある。27歳で高校生を追体験するとは。ソラは内心若くないのになと皮肉交じりに呟き、自覚すると悲しい気分になった。


 それよりも。


 ここがまずどこなのかを把握することが先決だ。辺りを見渡して、近くにあった電柱に寄り住所を確認する。電柱には“山代町五丁目二の三”と記載されていた。となるとここは実家の近くということになる。坂の下には川や田畑が広がっている。今の時期は紅葉がいち早く来て映えるはずなのに、この夢の中の地元は新緑が森の中に垣間見えた。そよ風が心地いい。このまま、家に戻って冷蔵庫にあるラムネでも飲みたいものだと思ってしまう。夢だけど。


 ――待て。今、いつだ?


 ふと嫌な予感がソラの脳内を横切った。もし、勘が合っていればこの夢の“今”は10年前当時。もしそうなのであれば、今から坂の下にある川に向かって彼を止めに行かなければならない。急に手から体温が抜かれたような感覚に陥る。

 自転車のペダルに足を掛け、思い切り踏み倒す。坂であることを忘れてソラは勢いよく降下していった。少しすると川が見えてきた。あの日もこうやって自転車を走らせて帰宅していた途中で彼を見かけた気がする。不意に、川に入っていく人影が一つ見えた。

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