第8話 正義と欲望
「え...」
レオンは自分の体に何がおきているのか理解できなかった。
が、次の瞬間、槍に雷が落ち、レオンは最後の悲鳴を上げてこときれた。
そして、数秒後、空から一人の男が降ってきた。男は器用に、槍の柄の先に着地した。
「もう少し泳がせて、こいつらの黒幕のところまで案内させようと思ってたんだけどな」
男はそう言ってクロムに話しかけた。
男は茶色の髪に、緑の瞳で、緑に塗装された軽装の鎧を身に着けていた。
「やはり、本物はあなたでしたか」
クロムは男と顔見知りだった。
クロムは数時間前の記憶を遡る。
『俺は、アルフォードだ。よろしく』
『〈光の七芒星〉の1人、勇者レオンの一行がこのあたりに来ているという噂を聞いてな。仲間に入れてもらおうと思って探しているんだ』
男は槍の先に立ったまま、長めの髪を右手でかきあげながら、こう言った。
「改めて自己紹介しよう。俺はレオン=アルフォード。〈光の七芒星〉の一人だ」
男はそう名乗ると同時に、抑えていた魔力を解き放った。そして、瞳の色が緑から金色に変わった。
力を開放した勇者の瞳は金色に変わるのだ。
男は、ひらりと大地に降り立ち素早く槍を引き抜き、地を蹴って、クロムに襲いかかった。男の槍の刃をクロムは背部に忍ばせていた短剣で受けた。
「あなたは、勇者レオンの名を騙る偽物の情報を耳にした。そして、彼らを始末するために、彼らの動向を探っていた」
クロムはぎりぎりと鍔迫り合いをしながら、本物の勇者レオンに語りかけた。
「ああ、こいつらのおかげで、ここ最近の俺の評判はガタ落ちだ。こいつらをとっ捕まえるのは簡単だったが、こんな小悪党どもが気軽に勇者の名を騙るわけがない。何か強い後ろ盾がいるはずだ」
二人はそれぞれの刃に力を込め、互いの刃を弾き、後ろに飛び退った。
「すみません、せっかく泳がせていたところを邪魔してしまって」
今度は、クロムが宙に飛び、上段からレオンに斬りつける。
「いやあ、気にすんな。さすがに俺も無関係のルーシア嬢を見殺しにはできねー。お前がいなかったら、俺が割って入ってたよ」
レオンはクロムの攻撃を槍の柄の中央で受け止めた。
「そうですか。あなたが善人でよかった」
レオンが槍を振り払い、クロムは再び後に飛んだ。
「何だよ、それ?魔王が勇者に言うセリフじゃねーだろ」
そこで、二人一旦距離をとり、武器を構え直す。
クロムは平静を装いながらも焦っていた。レオンの戦闘力はクロムより上だった。
クロムの能力は、先天的に、魔物の使役能力と、それを可能にする魔力量に特化していた。逆にクロムの弱点は身体パラメータであった。肉体強度、筋力、瞬発力、スタミナ、スピード、そういった身体能力が、超人たる勇者と魔王のレベルには達していなかった。
「なるほど、だいたいわかったよ」
レオンはクロムから距離をとり、槍を天に掲げた。次の瞬間、天から槍に雷が落ちた。雷は物理法則を無視して、槍に帯電する。
「そうでしたね。雷槍のレオン。それがあなたの通り名でしたね」
クロムの内心はさらに焦る。この上、魔術を駆使した攻撃になったら、とても太刀打ちができない。
「俺は魔術は雷系しか使えない。それがかえって、俺の魔力と身体能力を最大限に効率化してくれている。一方、お前は効率が悪いことこの上ない。お前は魔物の使役に能力のほとんどをつぎ込んでいる。先天的にか後天的にかはわからないが。そこまではいい。だが、ならばお前は、その最大の長所たる下僕たちを最大限に使うべきだ。刃にするなり、盾にするなり、自由自在だ。なのに、なぜ、お前はそうしない?」
レオンの言う通りであった。偽勇者一行を屠るには、召喚した魔物たちを使った。だが、レオンとの戦いには一切、魔物たちを使っていなかったのだ。
「彼らは、下僕じゃありません...友達です...あなたは強過ぎる...あなたと戦えば、僕の友達が傷付く...」
クロムは弱々しい声でそう言った。
「友達...ぷっ、ぷはははははは!友達?魔力で使役しておいて!?お前はやっぱり魔王だな」
レオンはひとしきり笑ったあと、槍の切っ先をクロムに向けた。
「勇者と魔王がどうやって選ばれるか、お前は知っているか?勇者は、強い正義感を持っている者が選ばれる。一方、魔王は、歪んだ欲望を持っているものが選ばれる。当ててやろうか?お前の欲望は、その〈友達〉とやらじゃないか?」
レオンのその言葉は、クロムの心をえぐった。
友達がいない...
彼には友達がいなかった。
そして、彼は願った。
もし生まれ変わったら、今度こそたくさん友達が欲しい。
そして、彼は、この世界で手に入れた。
物言わぬ魔物たちを。
クロムは13歳になった日、魔物たちを使役できるようになった。しかし、魔物たちの知能は人間より低い。魔物たちは、クロムの言うことをなんでもきいてくれた。だが、それはまるで機械がただ命令を実行しているのと同じだった。
彼は、この世界でも、未だ一人のままなのだ。
クロムは戦意を喪失し、その場に立ち尽くしてしまった。
クロムのその様子にレオンはため息をつく。
「お前たち魔王の欲望は叶わない。俺たち勇者がいる限りな。そして、お前の覇道はここで終わりだ」
レオンは地を蹴り、槍の切っ先をクロムの心臓をめがけて放った。
が、レオンの槍はクロムに到達しなかった。
「何のおつもりですか?ルーシア様?」
クロムとレオンの間にルーシアが割って入っていた。レオンの槍は、ルーシアの胸元でピタリと止まっていた。
「この方は、クロムは、ルディの友達です。ルディの友達は私の友達です!!」
ルーシアは両手を広げ、力強くそう言い放った。それは、もしかすると、レオンにではなく、クロムに宛てた言葉だったのかもしれない。
ルーシアの言葉でクロムの瞳に力が戻る。そ
「すみません、ルーシア様...それからありがとうございます」
クロムはそう言って、ルーシアの前に出た。そして、レオンに向けて短剣を構えた。
しかし、その様子にレオンは興が削がれた様子だった。そして、クロムたちに背を向ける。
「今日のところはお前のお友達に免じて、引くするよ。クロム=アレイスター。だが、まもなくラグナロクが始まる」
ラグナロクとは、〈光の七芒星〉と〈闇の七芒星〉の全面戦争のことである。
「今のお前では、ラグナロクに加わる資格すらない。せいぜい、力をつけることだ」
レオンはそう言って、去っていった。
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