第2話 勇者

 領主の居城は街の中央にあった。正門に衛兵が立っており、衛兵に冒険者を募っていると聞いて来たと言うと、あっさりと城内に通された。城内の応接室に通され、しばらく待っていると城の主人が現れた。

「お待たせした。冒険者殿」

そんな挨拶とともに、白髪の70代の老紳士が応接室に入ってきた。クランツ王国オーセル領領主、フロイド公爵である。

「はじめまして、フロイド公爵閣下。私は放浪の冒険者、クロムと申します」

クロムはその場に跪き、口上を述べた。

「ほう、緑の瞳...貴公は転生者か?これは頼もしい」

フロイド公爵は部屋中央のソファに座り、クロムに席を勧めた。クロムは言われるままソファに座った。

「早速だが、本題に入ろう。ルーシア入りなさい」

フロイド公爵は応接室の外に声をかけ、1人の少女が入って来た。歳はクロムと同じくらいであろう。肌は抜けるように白く、金色の髪を肩まで伸ばしており、非常に美しい少女であった。しかし、その美しい姿に似つかわしくないものが付随していた。彼女は一匹の魔物をその手に抱えていたのだ。

「ベビードラゴン...」

クロムはその姿を見て思わずつぶやいた。頭から尾にかけて、トカゲのようなフォルムだが、頭に2本の黒い硬質な角を生やし、背中にはコウモリのような翼を生やしている。大きさは小柄のルーシアが余裕で抱えられる程度で、子猫くらいの大きさだ。

「本題とは、このドラゴンのことなのだ」

フロイド公爵は、ことの顛末を語はじめた。10年と少し前、旅の行商人がドラゴンの卵と称するものを持って現れた。真偽の程も定かではなかったが、大した値でもなかったので、戯れに買って、幼かったルーシアに与えた。ルーシアはその卵をいたく気に入り、いつも大事に抱えていた。そして1年前のある日、卵が孵化して、中からこのドラゴンが現れた。卵は本物だったのだ。

「なるほど、で、ご依頼というのは?」

「とある筋から、魔物の集団がこのドラゴンを狙っているという情報がもたらされたのだ」

「魔物が?」

「このドラゴンはまだ赤子だが、ドラゴンはドラゴンだ。成長すれば強大な力を持つ。魔物たちの戦力として奪いにくるのだろう。元は戯れに買った卵だ。余計な争いに巻き込まれるくらいなら手放すか、始末してしまったほうがいいのだろうが...」

「お願いします!!この子を、ルディを守ってください!!」

そこまでずっと沈黙していたルーシアが言葉を放った。そして、ルディと呼ばれたベビードラゴンをぎゅっと抱きしめている。

「と、まあ、娘はこのドラゴンにご執心でね。このドラゴンを守るために、冒険者を集めているというわけだ」

フロイド公爵は顔に手をあて、ため息をつく。

「しかし、この辺りは辺境の上、比較的魔物が少ないこともあって、冒険者が寄り付きにくい土地だ。君を含めて十数人しか集まっていないのが現状だ。魔物たちがのどのくらいの規模で襲ってくるのかもわからないので、戦々恐々としている」

「なるほど」

クロムは頭の中でことの顛末を整理した。

「かしこまりました。私にお任せください。ルーシア様とルディは私がお守り致します」

「その話、しばし、お待ちを!」

クロムの宣言を打ち消すように、そんな言葉とともに、数人の集団が部屋に入ってきた。そして、集団の先頭の男が前にでる。

「私は、勇者レオン、〈光の七芒星〉が一人でございます」

その男、勇者レオンは高らかにそう名乗った。歳は20前後で、赤みがった長い金髪をうなじでしばり、赤く塗装した鎧を身につけている。瞳はクロムと同じ緑色である。

「そのドラゴンは、私と私の仲間達がお守り致します」

「おお、勇者レオン殿か!?お噂は耳にしている!よもや、勇者殿が来てくださるとは思っても見なかった!これはもう千人力だ!」

勇者の登場にフロイド公爵は歓喜した。

「おい、そこの君。我々が来た以上、もう他の冒険者は必要ない。すぐに帰りたまえ」

勇者レオンはクロムを睨み、高圧的にそう言い放った。

さて、困ったことになった...

クロムは勇者たちの登場に頭を痛めた。

せっかく、この上なく簡単に城に入れたのに...

クロムはしばらく思案したあと、口を開いた。

「勇者様、差し出がましいようですが、公爵閣下がおっしゃられたとおり、魔物の規模がわかりません。思いの外の大群であった場合に備えて、微力ながら私のような者も傘下に加えておかれたほうが得策では?」

「私と私の仲間たちは、このメンバーで幾多の死線をくぐり抜けて来た。君がどの程度腕に自信があるのか知らないが、足手まといになることはあっても助けにはならないだろう」

「公爵閣下はいかがでございましょう?」

クロムはレオンが折れないとみて、ターゲットをフロイド侯爵に切り替えた。

「ふむ、勇者殿の存在は確かに頼もしいが、クロム殿の言うことも尤もだ。他の冒険者にも護衛に参加して頂こう」

「公爵閣下の仰せとあれば致し方ありません。しかし、姫とドラゴンの周囲の護衛は我々が行います」

レオンはクロムを再び睨んだ。

「君たちは外壁の周囲でも守っていたまえ!!」

レオンはそう言い放って応接室を出て行き、仲間たちも彼らに続いた。

クロムは今後の動きを考えながら、彼らが出ていくのを見送った。







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