エルシス・スカイスツ

さようなら、わたしのなかの「女の子」

 わたくしたちは、折にふれて戦争の終わった後の話をしました。

どんな方と結婚するのか、旦那様は大切にしてくださるだろうか、子供は何人生まれるか、どんな風に育てたいか。

そんなわたくしたちを男性兵士たちは笑います。


「君たちと結婚したいという男なんているものか。そりゃ、君たちは七人ともとびっきり可愛くて真面目で素敵な女の子だよ。

 でもね、大の男を装備ごと平然と担いで走れる、敵兵の襲撃をシャベルを振り回して撃退できる、そんな女の子とは、とても夫婦になんかなれないのさ。

 だって夫婦げんかのたびにその腕で鍋とか皿とか、ぶん投げられたらたまらないだろう?」


 そうやって馬鹿にされるたびにエルシスは男のひとたちに食って掛かりました。


「わたしだって、そんな器の小さい男はお断りだわ!!わたしの旦那様は優しくって、ありのままのわたしを受け容れてくれて、苦しい時に互いに支えあってくれるお方でなくっては」


 わたくしの小隊の女の子たちはみんな器量よしでしたが、エルシスはその中でも際立って美しく、映画女優だと言われても不思議ではないくらい清楚で可憐な、それでいて何とも言えぬ色香のある魅力的な女性でした。

 未婚の娘らしい飾り布のついたスカーフではなく、武骨な男物の軍帽を被っていてすら、彼女の輝くような美しさは損なわれることはありませんでした。

 

 皆さまもご存じの通り、わたくしたちセプテントリオに住む普通の女の子は、身分の貴賤を問わず、結婚するまでは髪をできるだけ長く伸ばして一本の太いお下げに結い、それを頭の後ろにぐるぐると巻き付けるのが常でした。それを婚礼の席で司祭様にハサミを入れていただいて、肩につくくらいの長さに切りそろえるのです。

 しかし、戦場では水は貴重品です。

 顔を洗うための鍋いっぱいの水ですら、3日に一回手に入れば恩の字です。まして髪を洗う水なんて、そんな贅沢はなかなか許されませんでした。

 ごく稀に、髪を洗える幸運に巡り合った時の事。

 洗髪中、まだ髪が泡だらけだというのに敵襲がありました。わたくしたちは髪を洗い流すどころではなく、泡だらけの頭のまま濡れた髪を振り乱して逃げまどうほかはありませんでした。


 それ以来、女性の兵士および軍属は髪を丸刈りにすることになりました。

 仕方ありません。こまめな洗髪ができなければ、長い髪はシラミとダニの巣窟となってしまいます。

 そうすれば厄介な感染症も媒介されかねず、部隊全体の生存率を上げるためにも長い髪は諦めざるを得なかったのです。

 それでもわたくしたちは、短く刈り込まれた頭のチクチクする感触に、いつか結婚式で司祭様に長いお下げにハサミを入れていただくという、ごく普通の女の子が誰しも抱いている夢が永遠に失われてしまったことを思い知るのでした。

 みんな昼間のうちは平気なふりをしましたが、夜になると毛布にくるまって、声を殺して泣きました。

 エルシスは、そんなわたくしたちを黙ってぎゅっと抱きしめてくれました。


 こうしてわたくしたちは、わたくしたちの中の「女の子」に別れを告げたのでした。

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