フェレティング・ポクリクペリの遺言

 私はかつてセプテントリオの妖精姫、と綽名あだなされていたそうです。未来の王太子妃として厳しい教育と公務に耐えながら、貼り付けた笑顔で愛想を振りまいていた、遠い時代の残滓ざんしです。


 今の私をそんな典雅な名で呼ぶものはいないでしょう。五年もの間ずっと泥の中を這いずり回って戦って、ようやく生還した私を待っていたのは、平和に浮かれる人々の空っぽの賛辞と、冷たい拒絶でした。


 それも致し方のないことでございます。


 男のように丸刈りにした髪はストレスや傷跡でところどころ禿げあがっております。顔には至近距離で爆弾が破裂した時の大きな傷跡が残っております。服でほとんど隠れておりますが、身体も全く傷のないところを探す方が難しいでしょう。食糧もろくに得られず、常にひもじい思いを抱えていた身体はガリガリにやせ細り、女性らしさの欠片もありません。


 このように惨めでみすぼらしい、醜い戦場の汚泥と腐肉とを塗り固めた人形のようなわたくしを、今さら美しいと称える人がいるとはとても思えません。わたくしのみっともない姿は戦争の惨禍さんかを思い起こさせる、忌まわしくもけがらわしく、来るべき平和と栄光に満ちた幸福な日々にはふさわしくないものだと皆様がお考えになるのも無理からぬものでございます。


 わたくしは王太子にかわって五年の間、一兵卒として最前線に赴き、傷病兵の治療と看護に明け暮れました。


 わたくしが着任した王国歴百三十八年一月は、開戦から既に一年余りが経過して戦死者、負傷者が比較級数的に増加し、女子供を動員せねば戦線が維持できない状況でした。


 わたくしが配属された第二魔道機甲師団にも、数多くの少女たちが配属され、懸命にあの地獄を戦ってきました。

 みな清らかで美しく、生真面目で気高い、素晴らしい乙女たちでした。でも、その大半が二度と故郷の土を踏む事はできませんでした。


 彼女たちはみな、皆さんが安全な王都で変わらぬ生活を夢見ている間ずっと、汚泥の中を這いまわり、糞尿をすするように必死に生きて戦ってきました。そして、あるいはぬかるむ湿地の戦場で、あるいは凍てつく森の中で、あるいは燃え盛る炎に包まれた村で。乙女たちはその花の命を散らして行ったのです。


 戦争が終わってはや半年。戦場に駆り出された人々もようやく家路につき、平和な日々が戻って参りました。


 その中で、王家は我が国が女性や子供たちを盾に戦場へと送り、陰惨な地獄で野垂れ死にさせてきた事実を隠蔽いんぺいしようとしています。そして復員した傷痍兵しょういへいをわずかな年金で口封じし、戦死者に至っては公的な記録から抹消して彼らの存在そのものが最初からなかったかのように装っているのです。


 平和な日々の中で、陰惨な戦場で血に塗れ、おぞましい行為を強いられた、あの惨めな地獄の記憶の残滓ざんしは、誰しも消し去りたいものでしょう。しかし、人は記憶と記録から消えてしまえば、簡単にその存在を失ってしまいます。


 わたくしの戦友たち、六人の衛生兵だった少女たちも、戦場でその生命を散らしました。そして戸籍からも学校の卒業名簿からも削除され、遺族はいつの間にか行方不明になり、彼女たちの生きた証はもはやわたくしの記憶の中にしかありません。わたくしが今ここで生命を失えば、彼女たちの存在は永遠に失われてしまうでしょう。 


 どうか読者の皆様には彼女たちがどのように生き、何とどのように戦い、どのように散っていったかを知っていただきたいのです。そして皆様の今の平和な暮らしが、彼女たちの味わった地獄のような日々と、無残な死の上にはじめて成り立っている事を決して忘れないでください。


 そして同じような惨禍さんかを二度と招きませんように。


セプテントリオ王国歴百四十三年八月二十五日

セプテントリオ王国軍 第二魔道機甲師団第一旅団 衛生小隊少尉

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