第一部の終わりに
この度は拙作を最後までご覧下さってありがとうございました。
こちらを執筆したのは母の従姉の遺品を整理していた時に、彼女から聞いたり、生前親戚から耳にした戦時中の話を思い出したのがきっかけです。「従軍聖女追放モノ」のテンプレに違和感があるのはコレか......と思い至ってすぐ、一気に書き上げました。
母の従姉である
戦時中から戦後にかけて、日本軍や入植者による理不尽な略奪と暴力や悲惨な戦闘、八路軍やレジスタンスによる報復やリンチ、虐殺、国府軍と八路軍の泥沼の抗戦……何年もの間、人為的に作られた地獄を見続けた彼女は、戦後五十年以上経ってからも心は満州の大地をさまよっていました。
特に声を荒げたり、声高に悲惨な体験を語る事のない彼女でしたが、いつも黙って上品に微笑んでいるだけなのに、異様な緊張感を周囲に強いる、存在そのものが砕けたガラスのような人でした。
他の親戚の話では、戦後も元従軍看護師に対する根強い差別があり、縁談が壊れるなどの辛い経験を重ねたそうです。
恥ずかしながら、私は幼心に彼女のピリついた空気が苦手で、親戚の集まりの時もあまり近くに寄らないようにしていました。
最後にお目にかかったのは阪神淡路大震災のあと、自宅兼アトリエが全壊して他の親族の家に身を寄せておられた時です。元々どこか壊れたような印象のある方でしたが、あの震災の後、完全に人であることをやめてしまい、施設に入ってまもなく亡くなりました。
日本画家でもあった彼女は、私に一枚の絵を遺してくれました。
その絵は黄色と
暖色系の優しい色遣いで描かれた、どこにも暗い翳りの描かれていない可愛らしい絵にもかかわらず、どこか不安定で危ういものの漂う、独特の迫力のある作品です。これを見るたびに穏やかで上品ながら、殺気とすら言えるような独特の緊張感の漂うおばさまの笑顔を思い出します。
ろくに推敲もせず、一気に書きあげた作品なので荒削りですが、戦後何十年経っても心だけを陰惨な戦場に置き去りにして生きざるを得ない人々がいた事、平和な暮らししか知らない我々ではどうしても越えられない一線があるのだという事が伝われば幸いです。
アルファポリス版あとがきを転載
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