堕ちた王家の滅亡

 ルーレルの処刑から三か月が過ぎた。


 まず年金の不払いをきっかけにした退役軍人を中心とした暴動があちこちで起きた。不自然に消息を断った傷痍軍人の多さや、存在を消されてしまった戦死者たちの存在が、国民を不安に陥れた。


 何となくおかしい。

 それは多くの者が感じていた不安だった。

 それがフェレティング・ポクリクペリの処刑で紛れもない現実に国家が行っているものだと目に見える形で示されたのだ。不安はもともと燻っていた民衆の不満に火をつけた。


 もともと貧しい北辺の小国だ。

 身の丈に合った暮らしをしていれば良いものを、王都の城壁内だけは別世界。

 たっぷりと薪を使って暖かく保たれた城内で中央世界の大国の貴族のように着飾り贅を尽くす王侯貴族に対して、明日の食うものにも困った貧しい農民や職工たちが立ち上がった。壊れた鋤や鍬、ハンマーなどの道具を思い思いに持ち寄って、めぼしい貴族や大商人の屋敷を打ち壊していく。


 元はと言えば、小さな城塞都市を中心にいくつかの街と、今にも森林に飲み込まれそうな寒村が少々、それに凍り付いた海沿いの崩れかけた漁村がいくつか寄り集まっただけの小さな国。

 王侯貴族を名乗るはごくごく一握りの城壁の内側の住人のみ。

 凍てついた大地に生きる人々が立ち上がってしまえば、安全な城壁の内側でぬくぬくと暮らしてきた、ごくごく少数の王侯貴族などひとたまりもなかった。


 これらは新聞や「革命戦士」と称する暴徒たちの言い分だ。

僕の立場から見れば、フェル処刑の責任ならルーレルの処刑でけじめをつけたはずだ。

 戦争そのものは我々王族が望んだものではなく、どさくさに紛れて不凍港と埋蔵資源を狙って侵略の手を伸ばしてきた西の大国が仕組んだもの。

 賤しい平民と我々王侯貴族の生活の質が違うのは身分の違いから当然のもので、我々上に立つ者が田舎臭く貧乏たらしい装いと生活をしていれば、中央世界の国々からナメてかかられて、あっと言う間に侵略されてしまうという、簡単な事もわからない愚かものが騒いでいるだけだ。


 僕たち王族は何一つ悪いことはしていない。

 その証拠に、ろくな裁判も行われないうちにさっさと処刑が決まってしまった。

 この処刑は都合の悪い者の口封じ、社会全体のうっ憤を晴らすための贖罪の山羊を適当にこしらえているにすぎないのだ。


 処刑当日、刑場となる広場に引き出された僕に刑吏が言った。


「何か言い残すことは?」


「我ら王族はお前たち国民のために、この祖国を守らんと欲して兵士を募った。しかし、せっかく登用してやった兵士たちが無能だったために各戦線で戦死者が続出し、お前たちを守るためにどうしても仕方なく今度は女と子供を募ってやった。

 そして時間はかかったが、ついにあの汚らわしい侵略者どもを追い返すことに成功した。

 戦争が終わったら今度は貴様らはあの忌まわしい戦場の事は忘れたい、平和で幸福な暮らしには戦場のおぞましい記憶など不要だと言う。

 だから今度はあの忌まわしい記憶にまつわるものを消してやったのだ。そのために、あの侵略者どもと戦うにあたって矢面に立った聖女とやらを処刑台に送ってやった。

 お次は、その聖女を消してくれた女を処刑台に送った。

 今度はこの国を守るために兵を募り、貴様らが忘れたいという記憶を消し去ってやった王族を処刑台に送る。

 しかし私は寛大だ。次に貴様らが処刑台に送るのが、貴様ら自身でないことを祈ってやろう」


 言い終わると僕は後ろ手に縛られたまま頭に袋をかぶせられ、斬首台に固定された。そしてカラカラ……という滑車の回る乾いた音と共に、強い衝撃を受けて……

何も感じなくなった。


 かくしてかの大戦をかろうじて生き延び、大国の蹂躙を免れた北辺の小国セプテントリオ王国は、その腐った血肉を自ら食い破り、百三十年余の歴史を閉じたのであった。

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