異世界の科学について話を聞きました。

 南部へは同じ部隊のカリトンとファトスのコンビが行ってくれることになった。二人とも五年前の「イスコポルの惨劇」をはじめ数々の事件を経験している中堅の隊員で、頼りになる先輩だ。


 エルダ山岳党クレプテインは山中に潜伏して常に破壊工作を行う隙を伺っている。

 彼らは砂漠王国オスロエネからの独立を求めているのだから、近年まで支配下にあったとはいえ表向きは独立国となっているシュチパリアにちょっかいをかけるより、海を隔ててすぐ南のオスロエネを直接攻撃した方が良いような気がするんだけど。

 なぜかシュチパリアやモエシアの山中をコソコソうろついてはオスロエネと無関係な農村や都市を襲ってばかり。いつの間にやらスルビャやダルマチアにも潜り込んでいたらしいので、あちこちで大変に迷惑しているんだけど……なぜ北に来る? 君たちの敵は南だろう。

 もしかして彼らはカナヅチで、海を渡ることができないとか?


 それはともかく、『前回』も南部で何かあっただろうか? よくよく記憶をたどってみると、直接対決する直前にエサドが南部に調査で赴いていた気がする。たしかコルチャオからイリュリアに向けて送られた荷物に硫黄が混入していたらしく、爆発物が使われるかもしれないという事前情報も鑑みて確認に行っていたはずだ。


 あの時はものすごく臭いの強い背高茴香アサフェティダというスパイスの箱の中に紛れ込ませて硫黄を密輸していた。荷受け主はしらばっくれていたが、最終的にはエルダ山岳党クレプテインとの関与を認めて、芋づる式に彼らの協力者を多数洗い出すことが出来たのだが……残念ながら彼らに指示を出していた人物についてはほとんどわからなかった。

 今回も彼らが動いているのだろうか?


 二人が南部に旅立って数日、ありがたいことに大きなトラブルもなく日々を過ごすことができた。

 とは言え、休み時間や放課後に教室でぐずぐずしていると殿下や取り巻きがやってくるし、食堂に行くとぶつかって来ては変な嫌味を言って去っていくご令嬢がいるらしく、もっぱら先生の研究室にお邪魔している。


「お前たち、俺の研究室を自分たちのたまり場にしていないか?」


「そんな、とんでもない。避難所にしているだけですよ」


「似たようなものだろう」


 そんな軽口をたたきながらもみんなでワイワイ言いながら勉強するのは楽しい。

 エステルは元の世界で数学や科学などの高度な教育を受けていたらしく、学園の授業は軽く復習しているようなものなのだそう。おかげで予習の時に色々と教えてもらって理解が深まった。

 こちらの世界ではまだ発見されていないようなことも知っているので話していて本当に勉強になる。


 目から鱗が落ちるような気分になったのは「温度の正体は物質を構成する粒子の運動エネルギー」という話だ。

 全ての物質は原子と呼ばれる粒子が何らかの形で結びついて作られている、という説は十年くらい前に西の島国であるプランタジネットでとある学者が提唱したのだが、まだ誰も実証できていない。

 しかし、今のエステルがいた世界ではそれが証明されて久しく、その知識を利用した技術もたくさんあるらしい。


「温度の正体が運動エネルギーなら、その物質の構成要素を加速させれば温度を上げることができるってこと?」


「その通りです。私のいた世界には水の分子……粒子を加速させることでものを温める機械が普及していたんですよ」


「それは興味深いな。実際にできるかやってみよう」


 さっそく先生と一緒に水に細かい振動を与えて構成する粒子を加速させてみたら簡単にお湯を沸かすことができた。


「すごい。火を使うよりもずっと少ない魔力で、しかも短時間にお湯が沸いた」


「これは画期的だな。魔道具にしたらさらに少ない魔力で湯を沸かせるようになるぞ」


 盛り上がっている先生と僕を見てエステルも嬉しそうだ。こういう話で一緒に盛り上がれる女性がいるなんて思ってみなかったのでとても楽しい。

 たいていのご令嬢は先生と僕が魔術の話で盛り上がっていると遠い目をしていつの間にか去っていくのに。


 色々と有意義なことを教えてもらった代わりに、彼女には貴族社会の常識やマナー、この世界の歴史をみんなで教えている。

 『今回』のエステルは少し抜けているところはあるけれども頭の回転は早いらしく、一度教えたことはだいたい覚えてしまう。もっともダンスや所作などは頭で理解していても身体がついてこないようだけれども。


 このまま平穏無事に楽しく卒業まで過ごせれば良いのだけど……きっとそういう訳にはいかないんだろうな……

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