下賜品と出張と世間話

 王弟マリウス殿下からヴィゴーレに下賜する品をお預かりしてしまった。


 彼の功績を表向きにはできないから、殿下とは直接は関係のない俺の手から渡してほしいとのお言葉だったが、年齢が近くてヴィゴーレが比較的話しやすそうな俺が行くことで、少しでも彼が心を開いてくれればという打算もあるのだろう。


 俺自身も彼に会ってもっと親しくなりたいという気持ちも強い。

 帰宅早々に使いを出して都合を訊くと、ちょうど今は大きな任務からも離れているとのことで二日後に会えることになった。


「わざわざありがとう。急にはお休みが取れないものだから、連隊本部まで足を運んでいただく事になっちゃってごめんね」


「いや、急に時間をとってもらってこちらこそすまない。仕事、忙しいのか?」


 応接室に現れたヴィゴーレは、相変わらずどこか儚げな、一目で無理に作っているとわかる微笑みを浮かべていた。

 最後に見た時よりも若干やつれた印象で、顔色も悪い。


「一連の襲撃の件も、今後はうちの外事部隊と第一連隊の諜報部隊が扱うから、今は一段落ついたかな? 数日前までは資料の引継ぎなんかが大変だったけどね」


 苦笑する目の下にはクマが鎮座していて、しばらくろくに眠れていなかったことがうかがい知れた。


「あまり無理はするなよ。マリウス殿下もずいぶんと心配しておられた」


「うん。殿下にもよろしくお伝えしておいて」


 綺麗に笑う彼に殿下からの下賜品の包みを手渡した。


「うわぁ、きれい……」


 包みを開けたヴィゴーレがうっとりとした声を上げた。

 瞳がキラキラと輝いていて、いつもの無理をした笑顔ではなく心から嬉しそう。マリウス殿下もこの表情をご覧になりたかっただろうに。


 殿下からお預かりした品は繊細な螺鈿らでん細工がこしらえ全体にほどこされた、華美ではないが端正で優雅な細身の短刀だ。

 東方からの輸入品だろう。艶やかな黒漆に品よく金粉がちりばめられたさやには虹色に輝く螺鈿らでんで殿下の紋章である鍵をつかんだ双頭の鷲が描かれている。


「ちょっと失礼して抜いてみるね」


「ああ、ぜひ。俺も見てみたい」


 すらりと抜き放たれ、鞘に隠していたその姿をあらわにした刃を見て、二人ともほぅ、と思わず息をついた。


 反りの少ないすっきりとした刀身は際立って美しく、透き通るような艶を持つ青味がかった地金に白銀に輝く刃文がゆったりと波うち、冴えざえと輝いている。


「なんて素晴らしい……こんなものを頂いてしまって本当に良いのかな?」


「当然だろう。そのためにわざわざご用意くださったのだから、受け取らなければかえって不敬にあたるぞ」


「うん、でもこんなに立派な刀、僕には似合わないような……」


「むしろ似合いすぎるほど似合っていると思うがな」


 凛として涼やかでありながらも、どこかに激しさを秘めたその佇まいは、主となる少年と似通った印象がある。

 繊細で儚げな姿に惑わされた者は手痛い一撃を食らう羽目になるだろう。


「そうかな?」


「ああ、最初からお前のためにあつらえた品みたいだ。切れ味を試してみたら?」


 試しに紙を当ててみたら、全く力を入れずにすい、と軽く刃を引いただけできれいに切れた。


「すごい切れ味。さすが極東の刃物だね」


「ああ、本物は初めて見たが、これは素晴らしい業物を頂いたな」


 極東で作られる刀剣類は美術品としても極めて素晴らしいが、特筆すべきはその切れ味である。我々の住む大陸西方の刀剣は重さを武器として叩きつけるようにして斬るものが多いのだが、極東のそれらは刃そのものの切れ味がすさまじく、小型のものでも恐るべき殺傷能力を持つのだ。


 刃渡り二十センチほどの小ぶりの短剣は、目立たぬように持ち歩くのにちょうど良さそうな大きさで、下賜する品を選ぶにあたって様々な場面で「有効活用」することを想定されたであろうことは間違いない。


「やっぱり、こんなに良いものいただけないよ」


「それだけの働きをしたということだろう。それに表に出せない事件だからな、口止めの分も入っているんじゃないのか」


「そうかな?」


「ああ。しかも殿下の紋章入りだ。ここまでしていただいて、受け取らぬ方が無礼だろう」


 王弟殿下の紋が入った品を下賜されているということは、彼が殿下の庇護ひご下にあるという意思表示でもある。

 王室に取り込まれるのを怖がっているヴィゴーレにとっては本意ではないかもしれないが、国王陛下やクセルクセス殿下が無茶な命を下した際には身を守るよすがともなるだろう。


「そうだね、わざわざ届けてくれてありがとう。それにタイミングも良かったよ。来週からはこっちにいないから」


 大切そうに短刀を懐にしまうと、ヴィゴーレははにかんだように微笑んだ。


「こっちにいない? 南部の事件はもう担当が変わったんだろう?」


「うん、北部のカストリオティ辺境伯領で国境警備にあたる第四師団と合同演習があるんだ。うちの部隊は軍警察としての役目もあるから、監査も兼ねてね」


「またあっちこっち行って大変だな」


「イスコポルは住人の半分くらいがアルムネット系だったけど、今度はチュルカが多い土地だからまた勝手が違いそう。うまくやっていけるかな」


 チュルカとは我が国の北東部からダルマチア、ツルナゴーラ、スルビャといったこのあたりの国々の山岳地帯を中心に住んでいる遊牧民だ。

 独自の文化を持ち、家畜の群れを追って定期的に移住生活を送っている。

 決して数は多くはないが乗馬術と弓術に秀でた戦闘民族で、ひとたび彼らの領域を侵したとみなされれば王侯貴族とて無傷ではいられない。


「シュチパリアは多民族国家だからな。俺の家の領地もあっちの方だが……たしかにチュルカの人々は独特だな。国内法より氏族法カヌンを重んじたりもするから、余計なトラブルを起こさないために、行く前にあちらの流儀もある程度は知っておくと良いぞ」


 それからしばらくは北部の人々の暮らしや風習について話をした。

 彼は好奇心旺盛な上に頭の回転が速く、打てば響くように言葉が返ってくるので会話が弾んでとても楽しい。

 ふと気づくと、三時過ぎにはお邪魔したはずなのにもうだいぶ影が長くなっている。陽の光も燦然さんぜんと照り付ける白っぽい夏の光が柔らかなオレンジに色づき始めていて、俺はすっかり慌ててしまった。


「すまん、つい長居してしまった。仕事の方は大丈夫か?」


「うん。今日はいつもの業務はもうあがってて、来週の合同演習に行く支度をしておきなさいって言われてるから。また北部のお話聞かせてくれる?」


「もちろんだ。仕事があるだろうから、時間の取れるときに声をかけてくれ」


 次のヴィゴーレの休みの日に会うことを約束して帰路についた。

 久しぶりの休暇なので図書館に行きたいという。


「医学書は高いから、図書館で借りられるのはありがたいんだよね」


 そう言って嬉しそうに笑っていた顔を思い起こす。

 イスコポルに大規模な印刷所があったおかげで我が国の国立図書館は国の規模の割には極めて充実している。

 本は貸し出しはもちろん、書写も許されていたはず。

 彼が気に入ったものがあるようなら、そのうち書写して贈ってみようか。


 俺は暮れなずむ街の中、まだ家にも帰りつかぬうちから次に会える日を心待ちにしていた。

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