ピンク頭と太古の神々

 うかつにも敵の術中にはまって操られそうになっていたところを、間一髪よく訳の分からないものに助けられた僕は、その夜の巡回は免除されてその日はきちんと休むようにと言われてしまった。

 せめて寝る前にアルティストの調書だけは仕上げてしまおうと思ったのだけど、僕が帰投する前にエサドが済ませてくれたのだそうだ。

 そのうちなにか埋め合わせをしなければ。


 翌日。今朝は当番もないので試験勉強に専念しようと早めに登校する。

 教室に行くと、もうコニーが来ていた。早起きにしてはいささか顔色が悪い。


「おはよう、コニー。もしかしてまた泊まり込んだ?」


「何のことだ?」


 目を逸らしてとぼけるのが実に白々しい。


「やっぱり泊まり込んだんだ。ただでさえ生徒会の仕事が大変なのに面倒なことまでお願いしちゃってごめんね」


 クセルクセス殿下たちが毎日遊び歩いているせいで、生徒会の業務は彼一人でこなしている状態だ。

 卒業試験も来週に迫っているのに、さらにエステルの被害(?)を検証するための記録球の確認までお願いしてしまっている。

 ただでさえ忙しい彼に負担をかけてしまって申し訳ない。


「別に大したことはしていない。俺だってダルマチアとの戦争はごめんこうむりたい。未然に防ぐ役に立てるならできるだけの事はさせて欲しい」


「うん、その事なんだけど……」


 エステルを「ゲーム」に固執させている存在がわかった以上、彼にもきちんと話をすべきだと思う。

 かといって、誰に聞かれるかわからない場所で詳しい話ができる訳もないし、そもそもすんなり信じてもらえるかどうか……


「こみいった話なら生徒会準備室に行くか?それともパラクセノス先生の研究室に行くか?」


 ぼくの逡巡しゅんじゅんを察したコニーが落ち着いて話ができる場所に行こうと提案してくれて、二人で先生の研究室を訪れることにした。


 先生は少々驚きながらも、嫌な顔一つせずに僕たちを迎え入れてくれた。


「どうした、朝っぱらから。また何かあったのか?」


「いえ、昨日の記録球に何か映ってなかったか伺いがてら、夕べの事を彼に話しておきたくって……」


「なるほど、それは確かにそうだな」


 先生は軽く頷いて、僕たちに研究室の片隅のソファに座るようおっしゃった。

 おとなしく座って待っていると、ビーカーに淹れたコーヒーと古びた本を持っていらっしゃる。


「先生、それは」


「昨日話した神話の載っている研究書だ」


「……何かあったんですか?」


 先生と僕のやり取りを見て、不安げに問うコニー。

 そうだ、ちゃんと事情を話さなくては。


「実は昨日アルティストの事情聴取でやっぱり月虹亭の店主が怪しいってことがわかって。彼を送るついでに一人で月虹亭に行っちゃったんだ。

 ……そしたら黒幕とおぼしきモノに遭遇しちゃって」


「モノって……まるで化け物か何かのようだが……」


「ああ、神魔の類だ。人間ではない」


「……っ! そんな!?」


 先生の言葉に息を飲むコニー。珍しく顔色が変わっている。

 どうでもいいけど、先生は何故僕の頭に手を置いてるんだろう?


「うん、キラキラした変なモノに頭の中いじられて操られそうになった」


「……覚えているということは、操られずに済んでいるんだな?」


「ちょっと操られかけたけど、何とか戻ったみたい。もっとも、また操られないって保証はないけど」


 心配そうな表情のコニー。自分のうかつな行動のせいで先生にも友人にも軍の仲間にも心配と迷惑をかけてしまっている。

 何とも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「それで、エステルからの聴取内容と合わせて考えると、彼女は黒幕にこの世界を恋愛ごっこを楽しむ『ゲーム』の中だと信じ込まされてるんだと思う。

 エステルは『ゲーム』の内容を再現するためにイジメの被害を訴えているけど、実際にはイジメが行われないから筋書き通りに進まないと嘆いてた」


「つまり、彼女が訴えていたイジメは実在しないんだな」


 呆れたように嘆息するコニー。


「うん。イジメが起きないと『ゲーム』の筋書き通りにならないから主張しているだけみたいだね。彼女、『ゲーム』の筋書きを再現する事に固執しているから。

 でも、なぜ『ヒロイン』として『ハッピーエンド』を迎えなければならないかは自分でも理解してないみたい」


「なんとも人迷惑な」


「僕は彼女をゲームから現実に引き戻そうとするから邪魔だってキラキラした奴が言ってたな」


 朦朧もうろうとした意識の中、虹色のアレが腐乱死体にそんなことを言ってたような覚えがある。


「『ヒロイン』に夢を見せるのが攻略対象者の役目なのに、『ヒロイン』どころか他の攻略対象者も現実に引き戻そうとするから『ゲーム』が成り立たないって」


「それで直接操ろうとしたのか」


「うん。その後に笑う腐乱死体が出てきて気を失っちゃったから何がどうなったかわからないんだけど、気が付いた時はなんだか当たり前みたいにお店でエステルへのプレゼントを買わされてた。違和感はあったんだけど、連隊本部に戻ってポケットに入ってたコレを見るまで何も思い出せなかった」


 何かの役に立つかもしれないと持ち歩いていた例の縄の切れ端を見せる。


「笑う腐乱死体……」


 怪訝けげんそうに眉をひそめるコニー。そりゃそうだ、言ってる僕自身もわけがわからないと思ってるんだから。


「現れた時に周囲が月蝕の闇に包まれたことといい、その腐ったロープといい、ヴィゴーレが会ったという腐乱死体は『月蝕神イシュタム』だろうな。生贄いけにえにされた者や何かを守るために犠牲になった者を救って月蝕の楽園へと迎え入れると言われている」


「ヴォーレが国を守るために犠牲になりかけたから救ったというわけですか」


「……そんなところだろう。そしてもう一体、月虹亭の主人に化けているのは創世神イシュチェルだろうな」


「今回の黒幕ですか」


「ああ、虹色に輝く髪と瞳の美しい少女の姿をしていてたびたび生贄を要求していたと記録されている。もっとも、近代になってからは生贄の儀式も全く行われなくなったようだが」


「……まさか、人間が生贄の儀式を行わなくなったから、戦争を起こして生贄にしようとしている?カロリング王国でも『創世の女神に選ばれたこの世界のヒロイン』と名乗る女が虐殺をひき起こしてましたし」


 何とも物騒な話である。


「可能性は否定できないな」


「今後はどうします?もう動画を撮っておく必要はなさそうですが」


「懸念されていた諸外国の介入もなさそうですね。エステルを泳がせておく必要もなくなりそうだ」


「その辺りはこれから判断するだろうが、動画の収集はもう中断してもよさそうだな。何にせよ、数日中に決着をつけんとな」


「かしこまりました」


 ちょうど話が一段落したところで予鈴が鳴り、僕たちは慌てて教室に戻った。

 それにしても、昨日も数日中に決着をつけるとおっしゃっていたけれども、あんなモノにどうやって対抗するおつもりなんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る