ヒロインなあたしと隠しキャラ

「ムカつくムカつくムカつく……」


 あたしは学校が終わるやいなや、月虹げっこう亭に向かいながら昼休みのヴィゴーレとのやり取りを思い出しては頭がかぁっと熱くなるのを感じた。


 あたしには冷たいコノシェンツァが、ヴィゴーレのことは気遣って大切にしていた。そう言えば、昨日の事情聴取の時も、あたしがあいつに詰め寄るたびに警邏けいら隊の連中から殺気じみた視線を送られてきたっけ。


 男のくせにそこらの女の子よりもずっと可愛くて、特別な癒しの力を当たり前みたいに使ってて、王太子にとことん嫌われて疎まれてるのに、周りの人からは愛され大事にされてる。

 チートとかシナリオの強制力とかアイテムとか、そんなもの何ひとつ関係なしに、本人にその気もないのに自分の人柄と実力だけで人が勝手に惹き寄せられてる。


 これではまるであっちが本物のヒロインで、あたしが偽物みたいじゃない。

 やっぱり悪役令嬢がまともに機能しないからストーリーが変わって、ヤツが偽聖女になったというあたしの読みは当たってると思う。


 冗談じゃない。あいつは男で、攻略対象者。本来ヒロインのあたしに尽くすためだけに存在を許されている人間だ。

 一刻も早く潰して身の程を思い知らせてから、月光の蜜をたっぷり飲ませて二度とあたしに逆らえなくしなくっちゃ。


 最悪の気分のまま、課金アイテムショップに入ってはっとした。


 店にいたのはいつものババアではなく、二十歳をいくらか過ぎたくらいの、恐ろしいまでに華やかで美しい男だ。


 薄暗い店内でも艶々と輝いて見える赤い髪はヴィゴーレよりも明るく黄味がかった夕陽みたいな色で、鮮やかなオレンジ色の涼やかな瞳があたしの心の底まで射抜くかのようにまっすぐに見つめてきた。

 ゆったりしたシルエットの古風な衣装に身を包んでいるにもかかわらず、ただ目線を上げる仕草だけでもたまらなく優雅で、むせ返るような色香を放っている。


 今まで前世を含めてあたしが目にしたことのある男の中で最も美しくてカッコいいのはセルセだった。輝く金髪に青空みたいな碧眼の、絵に描いたような王子様。

 でも、セルセがいくらイケメンでも、こいつの前では完全に色あせて見えそうだ。いや、ただのフツメンにしか見えなくなりそう。


 こんなに美しくて色気のある男は見たことがない。ちらっと見ただけで、凛とした気品とにおい立つような色香に胸が苦しくなってくる。

 あたしはこんな繊細なタイプの美形は全然好みじゃないんだけど、そんなものは頭の中からふきとんだ。


 間違いない。こいつこそが誰も見たことがないと言う「隠しキャラ」だ。

 鮮やかな色彩が視界の隅を掠めるだけで胸がときめいて頭がぼうっとしてしまう。全身が熱くなってきて、この男を今すぐ自分のものにしたくてたまらない。

 好みだとか攻略とか、もう一切関係ない。目の前の艶麗えんれいな男の事しか考えられなくなってしまった。

 「心が奪われる」という言葉はこういうことを指すのだと、前世も含めて生まれて初めて実感する。


「あ、あの……」


「何かご用かな? 君は創世女神イシュチェルが言っていた子だね?」


 男性にしてはかなり高めの、柔らかで心地の良い声。

 凛とした気品と芯の通った強さがありながらも柔らかく、どこか艶やかな色香が漂っている。

 最高に美しい男は声までもが最高に美しいらしい。

 

「あの蜜がぜんっぜん足りないのよ。クソ生意気なイージー枠の馬鹿が全然言う事きかないんだもの。もっとがんがん使わないと」

 

 思わずうっとりしそうになりながら、あたしはなんとかして強い態度で用件を告げた。


「あの蜜?天人朝顔の蜂蜜ならトロパンアルカロイドを多く含むから、せん妄状態に陥らせることによって軽い催眠状態をひきおこすことはできるだろうけど、大量に使ったところで他人を言いなりにするような作用は全くないよ。むしろ吐瀉物としゃぶつを気管につまらせたり心臓発作を起こして死亡するリスクが高まるだけだ。

 使い過ぎは百害あって一利なしだね」


 それなのに、あのクソババアみたいなクソつまんない事をいきなり言われた。

 いや、もっと小難しいことを延々と並べ立ててくるから余計にうるさいかも。

 それでも不思議そうに小首を傾げる仕草にさらりと流れる癖のない赤毛があまりに美しく、思わず見惚れてしまってから猛烈に腹が立ってきた。


「はぁ?ナニふざけた事言ってんの??こっちは一生に一度の大勝負かけてんの。人生かかってんのよ。

 くっだらないイチャモンつけてないで、さっさとよこしなさいよ!!」

 

「君がどう思っていようが、事実は事実だ。いくら喚いたところで何も変わらないよ。容量を守れそうにない客には蜜は売れないな」


 下らないイチャモンなんて聞いてる暇はない。今がいかに大事な勝負時なのか教えてやったのに、やんわりとした口調できっぱりと断りやがった。

 

「てっめぇ、っざっけんな!!このヒロインのあたしに向かって何をクソ生意気な……っ!?」


「ヒロインだか何だか知らないけれど、君もまた使い捨ての駒と言うことだろう?あの娘イシュチェルの暇潰しのゲームとやらの」


 身の程を教えてやろうと声を上げたが、ムカつきすぎてうまく言葉にならないところをぴしゃりと遮られた。よりによって、このヒロインのあたしを使い捨ての駒だと言う。

 コイツの言う「創世神イシュチェル」とはあたしをこの世界に転生させてくれた女神様のことだろうか?

 彼女には転生させてもらった時にしか会っていないのでだんだん不安が募って来た。


「使い捨ての駒……っ!?このあたしが??」


「そう。もしかすると他の駒よりは特別扱いされているかもしれないけどね。それでも創世神イシュチェルの使い捨ての玩具であることは変わらないよね」


 冷徹に言い放ってこちらを真っすぐに見据える瞳は何もかも見透かすようにどこまでも澄んでいる。口元にうっすらと浮かべた笑みに温かみはかけらも感じられず、ぞくりとするほど恐ろしいのにあまりの美しさに目が離せない。


「まぁ、せいぜいあがいて楽しませてあげればいいんじゃないかな?ただし、今は僕がこの店を任されてるからね。用法を守らないとわかっている君に売ってあげられる品物はないよ」


 にっこりと営業スマイルを浮かべ、優雅に掌で出口を指し示された。


「さ、お帰りはあちらだ」


 このあたしに帰れと言っているらしい。

 ヒロインのあたしに対する態度とは思えない塩対応だが、これも隠しキャラゆえの攻略難易度の高さのせいだろうか。

 腹が立って仕方がないのだが、なぜか逆らう気になれず、ふと我に返った時にはあたしはとぼとぼと家路についていた。

 

 首を洗って待ってなさい。一刻も早くあのムカつく偽聖女を潰してやって、アンタを攻略してやるんだから。

 

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