ピンク頭と使途不明金

 一心不乱に自分の教科書を破くエステルの姿を見ていると、もともと意味不明なことを言っていた彼女がますます訳の分からないことを言い始めた。


『まさかアイツも転生者だったりする?逆ざまぁとか狙ってる感じ?』


 コニーによると、転生者とはこことは別の世界の記憶を持つ人間のことらしい。

 そんな人間がいるとはにわかには信じがたいが、エステルのあまりの異様さを見ていると、もはや狂人と言うよりは、こことは常識が全く異なる世界の住人だと言われた方がしっくり来る気がする。逆ざまぁとか攻略とか、何を言ってるのかさっぱりわからないけど何だか不吉な響きだ。

 僕たちが事態の異常さに戦慄していると、ひとしきり自分の教科書を破いてスッキリしたらしいエステルの上機嫌な声が聞こえてきた。


『あ、でもセルセにドレスまた破かれた~って泣きついたら新しいの作ってくれたのはラッキー♪あの店超人気だしお高くとまってて紹介状がなきゃ注文受けてもらえないんだよね。あんなだっさいドレスじゃ目立てないから処分できてよかった。』


 どうやら殿下にドレスを買ってもらったことを思い出して機嫌を直したらしい。何とも現金な奴だ。


『ついでにドレスに合わせたアクセサリーも貰っちゃったし。今日も何かおねだりちゃおうっと♪』


 それにしても人気の高級ブティックのドレスに、それに合わせたアクセサリーだと? ちゃんと最初からデザインして新しく仕立てるのではなく、プレタポルテだとしても、相当な値段になるはずだ。何か嫌な予感がする。


 もしかして、生徒会の使途不明金って、殿下たちがエステルにプレゼントしたり遊びに行くために使われてたりするんじゃなかろうか?


 これ、僕の思い過ごしじゃなかったらかなりの大問題だ。慎重に調べた方がいいんじゃないか?

 さすがに一般生徒の手に余る案件だし、これもパラクセノス師に相談してみよう。


 そう提案してみたら、コニーもオピニオーネ嬢も快諾してくれたので、連れ立って先生の研究室に向かう。何はともあれ、先生に実際に見ていただいて、それから助言をいただかなくては。


「……という訳で、いろいろと学生の僕たちだけでは判断がつきかねる事が出てきてしまいまして」


 一通り全ての記録球を再生し終わって、何とも重苦しい沈黙が落ちた研究室で僕は言った。もう僕たちだけで抱え込んで良い事態ではない。


「……うむ。これはいったん上に報告して指示を仰いだ方が良いな。

 わかっていて放置していたとなれば責任問題だ」


 あ、そこ気になりますよね。出世に響く。


「お願いできますか?私どもが言うよりは先生からの報告の方が取り合ってもらえると思うので」


「いや今から全員でいく」


「「「え???」」」


 なんか一瞬クラっと来たと思ったら学校じゃないどこかにいた。


「「「え、ここどこ???」」」


「魔術師団本部の団長室だ」


「「「え、えええええええええ!!!???」」」


 無詠唱でこの人数を一瞬で転移させるとか、さすが天才の呼び声高いパラクセノス師。でもいきなりこんな大魔法使って、魔力消費とか、それに伴って発生する瘴気の問題とか大丈夫なの?


 ……と思ったら、魔法陣の上だった。どうやら研究室とここをつなぐ転移の魔法陣が常設してあるらしい。

 確かに、これなら詠唱も魔力も使わないけどさ……いきなり師団長の執務室に飛びますか、普通。


「とりあえず落ち着いたらどうかね?一体何事か説明してほしいのだが」


 黒目黒髪のイケオジが半眼でこっちを睨みながら訊いてきた。

 いきなり執務室に四人も飛び込んできたので少々おかんむりのようだ。いやまぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけどさ……

 問答無用で攻撃魔法を喰らわなくて本当に良かった。


 それにしても一体何から説明したものか……僕たちが逡巡している間にパラクセノス師が伝説の呪文を唱えた。


「かくかくしかじか」


 次の瞬間、魔術師団長は事態をすべて把握した。


 ……まぢかよ、ぉぃ。伝説の呪文TUEEEE!?


 これ習得したら、巡回任務のあとの報告がすごく楽になりそう。これからエステルをどうするのかとか、殿下たちを彼女から引き離すのにどう説得すれば良いかとか、いろいろ考えなければならない事は山のようにあるのに、僕はどうしても呪文の方が気になってしまった。


 この件が落ち着いたら、ぜひとも教えていただこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る