ピンク頭と物的証拠
エステルによる、アハシュロス公女を冤罪に陥れる計画を阻止するには、記録球を仕掛けて物的証拠を残すのが一番だと思う。問題は記録球の入手元と仕掛ける場所。
貴重なマジックアイテムである記録球はお金さえ出せば手に入るようなものではない。そんなアイテムを複数入手したという事がエステルに知られれば、警戒されてしまって尻尾を出さなくなるかもしれない。
手に入る数も限られるだろうから、確実に能率よく証拠を押さえられる場所と時間に仕掛けなければ。
翌朝、教室に向かう途中でそんな事をつらつらと考えながら歩いていると、廊下の曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。
「どうしたヴォーレ、また考え事か? ぼーっとしているとどこかに頭をぶつけるぞ」
夜空のような濃い青藍色の髪と銀縁眼鏡に蒼い瞳。知らない人が見たら怒っているのかと誤解しそうな無表情。
僕と同じく、クセルクセス殿下の側近候補のコノシェンツァ・スキエンティア侯爵令息だ。
「コニー、余計なお世話だよ。ちょっと今関わってる捜査について段取りを考えてただけ」
思わずムッとして反射的に言い返すと「気をつけろよ、お前は危なっかしいからな」と呆れたように返された。
ちょっと納得がいかない。
殿下の側近候補の中では彼と僕だけが成績上位者の在席する政経科なので、他の側近候補……という名のお目付け役からは浮いてしまっている。まったく、王族のくせに成績が悪すぎて一般教養科にしか入れないなんて前代未聞だよ。
しかも他の連中が殿下の言動に何も言わないせいで、二人で「少しは勉強しましょう」とか、「お忍びで街を出歩くのはほどほどに」とか再三にわたって忠告する羽目に。
おかげで二人とも殿下にはすっかり嫌われてしまった。そのかわり、いつの間にかこういう気安いやりとりもするようになり、今では愛称で呼び合う間柄なんだけどね。
「それで、コニーはどうしたの? 君が人とぶつかりそうになるなんて珍しい」
お互いに直前まで気が付かなかったということは、考え事に没頭していたのは僕だけじゃないってことだよね?
「実はエステルのことでな……殿下は卒業記念パーティーでアハシュロス公女の悪事を糾弾すると言い出したんだ。しかし、エステルの証言だけでは信ぴょう性に欠けるだろう?」
「当たり前だよ。というか、パーティーで公女をつるし上げしちゃうの? それ、まず過ぎない?」
ちょうど相談したかった話をコニーの方から言い出してくれた。
正直すごくありがたいので、そのまま話に乗っかる事にする。
「俺もそう言ったんだが、殿下がどうしてもと聞かなくてな。エステルも絶対に謝ってもらうと息巻いてるし」
「でも、証拠は何もないんだよね?」
「ああ、そうなんだ。かといって物的証拠を押さえようと言うと、エステルが事を荒立てたくないと嫌がって泣きわめくし」
どうやら殿下が物的証拠をおさえさせようとしているのは知らないみたいだから、いったん伏せておいた方が良いかな?
「いや、どう考えても警邏に訴えるよりそっちの方が間違いなく荒っぽいと思うけど」
「そうだよな。事を荒立てたくないなら、物的証拠をおさえて被害を届けるなり裁判で訴えるなりした方が穏便に済むはずだが……エステルはどうしても嫌だ、と言うんだ」
僕が疑問をさしはさむと、コニーも我が意を得たりとばかりに頷いた。
「そう言えば、前にもそんなこと言ってた気がする」
「ああ。エステルは卒業記念パーティーでみんなの前で謝ってもらえばそれで良いのだと。その方が間違いなく事が大きくなるといくら言っても聞く耳持たん。いささか不自然じゃないか?」
さすがコニー、未来の宰相候補。僕が何も言わなくても彼女のおかしさに気が付いていたんだ。
……いや、捜査のプロであるはずの僕がつい昨日まで気づいてなかったのが恥ずかしい話なんだけど。
「それじゃ、エステルに内緒で証拠を集めたら? 何かされてると言ってた場所に記録球を仕掛けて録画しておくとか」
凹んでいても始まらない。僕はさっきの考えをコニーにもちかけることにした。
「ああ、それはいいな。イジメが事実にせよエステルの勘違いにせよ、その場の映像が残っていれば誰の目にも事実が明らかになる」
「物的証拠さえあれば、僕が上司にかけあって
ここぞとばかりに同意を求めると、「当然だ」とうなずいてくれた。
「6年間、この王都の治安維持の任に就いているお前から見ても、やはりまずいと思うか?」
「うん、当然だよ。エステルは腹いせにアハシュロス公女に大勢の人の前で恥をかかせたいだけで、その結果がどうなるかまでは考えてないんだろうけど……公女の母上ってダルマチア王妃の従姉でしょ? パーティーで晒し者にしたら、下手すると国際問題だよ?」
「ああ、一歩間違うと戦争だな」
「うん。最悪の場合、また辺境で人が死ぬことになるよ」
ふと師匠と兄弟子の最期の姿が脳裏をよぎって、暗い気持ちになる。
「ダルマチアとはよく揉めているから、付け入られる隙は作りたくない。記録球は俺の方で手配するから、仕掛けるのを手伝ってくれないか?」
昔の紛争のことを思い出していると、コニーが記録球の手配を引き受けてくれた。
願ってもない幸運だ。
「もちろん。殿下の同級生になっちゃったせいで護衛なんかやらされてるけど、僕はもともと犯罪捜査が本分だもの。そういうのは任せてよ」
ありがたい、これでエステルの悪事の証拠をおさえられる。
まだ彼女に惑わされているであろうコニーには申し訳なく思いつつも、僕は満面の笑みで応えた。
「それで、どこにしかける?」
眼鏡の縁をおさえてコニーが僕に訊いてくる。
いくら彼が侯爵家の伝手を使って手配してくれるとは言え、記録球の数には限りがある。能率よく証拠がおさえられそうな場所にしかけなきゃ。
「エステルはどこで何されたって言ってたっけ?」
「教科書やノートを破かれたとか、ダンス授業用のドレスを破かれたとか」
なんか破かれてばっかりだな。
「大ホールに向かう階段で突き落とされそうになったとも言ってたね」
本当なら殺人未遂。事実ならきちんと捜査すべきだと言ったんだけど断られた。今思えば嘘だとバレればかえって自分の首絞めるからなんだろう。
「それじゃ教室と更衣室かな?あと大ホール前の階段」
「女子更衣室に入るのか?俺たちが変質者扱いされないだろうか」
……たしかに。
「エステルの友達に協力してもらうとか?内容もその人に確認してもらえば覗き疑惑は回避できるんじゃないかな?」
「そうしてもらえれば何よりだが、だれか心当たりはいるか?公平で信用できる人物でないと、せっかくの証拠を握りつぶされるかもしれん」
「大丈夫、心当たりあるから。オピニオーネ・パブリカ伯爵令嬢なんてどう?よくエステルと一緒にいるし、イジメの話聞いて『許せませんわ。エステルさんはわたくしが守ります』とか言ってたし」
「彼女なら適任だな。エステルのためにも他言は無用だとよくよく念を押したうえで頼んでみてくれないか?」
「おっけ。任せといて」
思いのほかうまくいきそう。僕はコニーと別れてからにんまりとした。
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