ピンク頭と捜査開始

「またエステルがいじめられたんですか?」


 卒業記念パーティーまであと一か月半ほどにさし迫ったある日、一般教養クラスの教室に呼び出された僕は、このシュチパリア王国の王太子であるクセルクセス殿下の言葉についつい呆れたような声を出してしまった。

 僕は入学時には既に正騎士に叙任されており、主要都市の治安を維持する警邏部隊で勤務を続けながらの通学を認めてもらう代わりに、学園長からの色々な「お願い」を聞く羽目になっている。

 クセルクセス殿下のお守り……じゃなかった、側近候補として学園生活のサポートを行うのもその一つ。

 もっとも、勉強嫌いの殿下は王族とは思えないほどのひどい……じゃなくて庶民的な?成績なので、上位者の集まる政治経済科に入れず、貴族の子弟なら誰でも入れる一般教養科に通っている。

 そのため、政経科に属する僕ともう一人の側近候補は煙たがられて普段は近寄りたがらない。

ごくたまに呼び出されるのは、こういった面倒なことを押し付けられる時だけだ。

 

 まぁ、今回に限って言えば、エステルのサポートも僕が行うべき「学園長からのお願い」に入っている。

 卒業まで半年あまりという中途半端な時期に、それまで平民として生きてきた彼女が急に転入してきたのだ。全くトラブルが起きないという事はあり得ない。

 だから、平民暮らしの長い彼女がうまく貴族社会に馴染めるよう、適宜サポートするようにと彼女の転入時に申しつかった。

 正直、殿下もエステルもクラスが違うのに、わざわざ出向いて面倒を見なければならないのかと頭が痛くなったものだ。

 もっとも、無邪気に慕ってくれるエステルの可愛さにすぐ煩わしさを忘れてしまったのだが。


 

 エステルの天真爛漫な言動は小動物のような愛らしさで、心惹かれる男子生徒が後を絶たぬ一方で、貴族としての常識をわきまえない言動に反感を覚える者も多い。

 そのせいか、彼女はしょっちゅう持ち物を隠されたり足を引っかけられたりといった様々ないじめを受けたと訴えてくる。


「今度は誰に何をやられたんです?」


「そんなもの、アミィに決まっているだろうが。教科書を破かれたそうだ」


 アミィというのはクセルクセス殿下の婚約者、アマストーレ・アハシュロス公爵令嬢のこと。

 隣国ダルマチア王妃の従姉を母に持ち、怜悧れいりな美貌で文武両道に優れる令嬢のかがみと年配者たちの評判は良い。

 その一方で、性格は苛烈かれつで底意地が悪く、陰湿だともっぱらの噂で、殿下には露骨に避けられている。

 いつも顔に貼り付けている冷たい作り笑顔のせいで印象が悪いのだと思うけれども、必要以上に無口で本心がどこにあるのかさっぱりわからない人なので、正直何を考えているのかは僕にも全くわからない。


 クセルクス殿下が貴族社会に不慣れなエステルを気遣って何かと親切にしてやっているのに醜い嫉妬をして教科書や文具を壊すなどの嫌がらせをしているのだ……というのは殿下のもっぱらの言い分。

 成績優秀なうえ、政務や王妃教育で多忙なアハシュロス公女が、殿下やエステルのいる一般教養クラスの教室までわざわざ足を運んでまで、そんなせせこましい嫌がらせをするだろうか?


 僕だったらそんな下らない事に時間と手間を費やすくらいなら、さっさと仕事を終わらせるか好きな事をするかしたいものだけど。エステルを快く思っていないのは、何もアハシュロス公女だけではないだろう。


「ヴィゴーレ・ポテスタース。お前は犯罪を取り締まり、王都の治安を守る警邏連隊の騎士なのだろう?だったらエステルに嫌がらせをしている犯罪者をさっさと捕らえて処分してしまえんのか。職務怠慢だぞ」


  卒業間近のこの時期に面倒な……この時期はただでさえ学園内に部外者の出入りが増えて警戒しなければならないうえ、このところ隣国との関係が芳しくない。

 そのせいか、卒業記念パーティーで何らかの破壊工作が行われると言う噂があるのだ。

 とは言え、貴族の子弟が原則として通う事になっているこの学園で、本当に窃盗や器物破損などの不法行為がまかり通っているなら大いに問題だ。事実関係を調べる必要はあるだろう。

 

「かしこまりました。しかし、エステルは証拠などの捜査を嫌がっていましたが……こちらで捜査を進めてしまって構わないのですか?」

 

 捜査自体には異論はないけれど、エステル本人がやたらと証拠集めに消極的……いやむしろ拒絶反応を示していたのが気になっている。後で彼女が文句を言い出した時に僕のせいにされてはたまったものではない。

 捜査があくまで殿下の指示によるものだという事実を残しておかないと。

 

「エステルは優しいからな。事を荒立てたくないそうだ。卒業記念パーティーでみなの前で謝罪すればそれで良いと言っている。

 しかし、この神聖な学び舎でこともあろうに王太子であるこの俺の親しい友人が理不尽ないじめにあっているのだ。犯人を見つけ出して厳しく罰さねば、王家の権威に関わるだろう?

 どんな手段を用いても必ずや真犯人を見つけ出すのだ」

 

 えっと……正式に捜査するより、証拠もなしにパーティーで謝罪を要求する方がはるかに事を荒立てる気がするんだけど。やっぱり早めに事実関係を調べてしかるべき対処を取るべきだね。

 

「それではこちらの念書にサインを。学園内はある程度の自治が認められているので、傷害などの重大犯罪に発展しない限り、警邏は介入できない決まりになっているのです。

 僕自身が警邏の所属ですので、殿下の直々の命令により個人的に動いているという証拠がないと、学園と軍の間に要らぬトラブルが起きかねません」

 

 そう。「学校」というものにつきものの閉鎖性はこの学園にも存在して、学問の自由やら学園の自治やらを盾に、よほどのことがない限りは外部からの介入を嫌うのだ。

 したがって何かトラブルが起きた時のために、指揮命令系統と責任の所在を明らかにしておく文書は必ず必要になる。

 

「なんだ、面倒な。つまらない役人のような事を言いおって……下らない」


「すみません、僕、下っ端の軍人なので。こういう事務的な手続きはとても大事なんです。殿下だって王家と軍がもめるのは困るでしょう?」


 本来は公務を数多くこなさねばならないはずの殿下がこういう書類仕事の大切さを理解していないのは意外というか、まずい事態だと思うんだけど。

 幸いなことに、文句を言いつつも殿下は書類にサインしてくれたので心置きなく証拠集めに取り掛かれる。

 

 後はどうやって集めるかだけど……今回はあくまで殿下の個人的な命令ということだから、部隊の力を借りるのはやめておこう。

 まずは協力してくれそうな人に相談するしかないかな?


 僕は学内で協力してくれそうな人を何人か思い起こしながら教室に戻ることにした。

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