ピンク頭と悪役令嬢

 騎士として警邏部隊に勤務しながら貴族の子弟が通う王立学園の最終学年に在籍する僕、ヴィゴーレ・ポテスタースは卒業を目前にした忙しい時期にこの国の王太子であるクセルクセス殿下に呼び出された。そこで「エステルへのいじめの証拠集め」なる厄介ごとを命じられてしまったのだが……

 僕は勤務を続けながらの通学を認めてもらう代わりに、学園長からの色々な「お願い」を聞かなければならない立場だ。そして殿下のお世話もエステルのサポートも、元々の「学園長からのお願い」のうち。本当にエステルに対して度を越したいじめがあるならば、それに対処するのも僕の仕事のうちだろう。

 ならばさっさと片づけてしまわねば。

 

 やはり嫌がらせされそうな場所に魔術をこめた記録球をしかけて映像を録画しておくのが一番手っ取り早いと思うが……記録球は貴重で高価なものだ。

 僕の薄給ではそうそう何個も用意できそうにないし、そもそも作り手の少ない記録球はお金を出せば誰でもどこでも換えると言うものでもない。

 殿下はそういった経費や道具の手配なんて考えてもみないだろうし……さて、どうしたものか。

 

 そんな事をつらつら考えながら教室に戻ると、もう夕方だ。今日は夜の巡回勤務が入っている。

 まだ時間に余裕はあるが、たまには早めに行って訓練には参加したいな……と思い、急いで校舎を出た。

 

 学校から連隊本部へは政経科や一般教養科のある本校舎の裏の雑木林を抜けて裏門から行った方がずっと早い。僕が足早に校舎裏に向かった時のことだ。


「いい加減にしなさいよ。アンタがちゃんとやらないせいであたしは大迷惑なんだからね!!」


  雑木林から女性の言い争うような声がするのに気が付いた。昂った感情のまま相手を責め立てているようだ。


(もしかするとまたエステルがいじめられているのかもしれない)


 僕は慌てて雑木林に足を踏み入れた。そこにいたのは向き合って何か言い争っている二人の令嬢。


 一人は柔らかなストロベリーブロンドとハニーブラウンの大きな瞳の小柄な令嬢。先ほど殿下が話題にしていたクリシュナン男爵令嬢エステルだ。

 なんだか興奮している様子で、もともとふっくらしている薔薇色の頬がいつもよりふくらんで赤みを増しているように感じる。


 もう一人はストレートのプラチナブロンドに淡い紫の瞳の長身の令嬢。アハシュロス公爵令嬢アマストーレ。王太子クセルクス殿下の婚約者だ。こちらもついさっき、殿下からエステルへのいじめを行っているのではないかと名前が出たばかり。

 いつものように何を考えているのかわからない作り物めいた笑顔だが、目は笑っていない。


 正直、現場をこの目で見るまでは彼女がエステルへの嫌がらせをしているとは思っていなかった。

 彼女は王妃教育や公務で多忙な上に学園でも成績が良い。となれば、下らない嫌がらせに血道を上げている暇なんてないはずだ。

 「自分でやらずに取り巻きに指示を出している」なんて見方もあるにはあるが、彼女と親しくしている生徒は同じ政経クラスのごく一握りにすぎない。みんな揃って成績は良いので、やはりつまらない嫌がらせに時間を割けるほど暇な人間はいないのだ。

 アハシュロス公爵家の権力に取り入りたい人間もいるようだが、そういう生徒は公女がまともに相手にせず、軽蔑しきったどこまでも冷たい視線でねめつければいつの間にやら去っていく。

 だから、嫌がらせはエステルの事を快く思わない一般教養科の生徒が勝手に行いつつ、アハシュロス公女が疑われるように仕向けているのだとばかり思っていたのだ。


 しかし、こんな人目につかない場所にこそこそとエステル一人を呼び出すとは……やはり嫌がらせをしていたのはアハシュロス公女なのだろうか?

 幸いなことに、木々が邪魔をして二人はまだ僕に気づいていない。のぞき見はあまり良い趣味とは言えないが、少し様子を見る事にしよう。


「ちょっと聞いてんの?!アンタがちゃんと悪役やらないから攻略がぜんっぜん進まないじゃない!!逆ハー決めらんなかったらどうしてくれんのよ?!」


 キイキイと喚きたてる甲高い声。耳がキーンとする。気持ち悪いなぁ……ん?公女ってこんな声だったっけ?


「攻略?逆ハー?何のことでしょう?」


 あ、この物静かで感情の読めない声がアハシュロス公女だ。女性にしてはちょっと声が低めなんだよね。攻略とか逆ハーとか、やっぱり意味不明だよね……って、あれ?


「うっさいわ。アンタ悪役令嬢の分際でこのあたしに逆らう気?マジ有り得ないんだけど!」


 え?まさかこっちのヒステリックな金切り声がエステル?

 しゃべり方とか下町の露天商でもちょっと聞かないくらい下品で粗野なんだけど……いつもの可憐であどけない口調と違いすぎる。

 というか、悪役令嬢ってナニ?


 まだ距離があるし、木立が邪魔をして二人の表情まではよくわからないけれども、いつも僕たちが目にしているものとは違う何かが起きている事だけは確かだ。いったい何が起きてるんだ?

 すぐに止めに入るつもりだった僕は、あまりのことに頭の中が真っ白になってその場で立ちすくんでしまった。


「……」


 アハシュロス公女もあまりの事に唖然としてしまって何も言えないらしい。しかし、エステルはそれを無視されたと解釈してますますヒートアップしている。


「スカしてんじゃないわよ。いい、アンタみたいなクソつまんないバカ女にもわかるように教えたげるけどね。この世界はゲームなの。あたしがみんなに愛されて幸せになるために存在するの。

 アンタは悪役。あたしをいじめて断罪される役。アンタにいじめられても健気に頑張るあたしにみんなメロメロになるの」


 エステルはいったい何を言ってるんだろう?

 この世界がゲーム?ポーカーやチェスのような遊びということだろうか?

 まるでこの世界が自分のためだけにあるみたいじゃないか。そしてここで生きている僕たちは彼女の玩具オモチャにすぎないと言っているかのようだ。


「そしてついにみんなの力でアンタは断罪されて、みじめったらしく公開処刑ってわけ。そのためだけに生きてるくせに、なんでいじめてこないわけ?!おかげで全っ然攻略が進まないじゃない!!逆ハー決めて断罪パーティーでアンタを処刑しないと隠しキャラが出てこないのに」


 公女はエステルをいじめていない?あんなにも毎日のように瞳を潤ませて「アマストーレ様にいじめられた」と訴えてきているのに?

 彼女はいったい何を言っているんだろう?

 

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