死計

lampsprout

死計

 目覚めると、何も無い部屋にいた。

 見覚えのない場所だが特に超常的な印象は無く、シンプルなフローリングに真っ白な壁と天井が広がっている。異様な広さと、窓が無いことだけが不自然だった。

 周りには数十人、老若男女が怪訝そうな顔で様子を窺っている。どうも僕はかなり年若いほうらしい。


 誰もが無言のまま幾許か経ち、だだっ広い部屋のどこから現れたのか、突然一人の人間が何かを配り始めた。


「さあ、これが貴方の分です」


 すっと近づいてきた男に渡されたのは、小さな砂時計だった。中には目を凝らさなければ見えないほど微量の砂がさらさらと流れている。精巧な造りの木枠に、透き通った上質な硝子が嵌め込まれていた。


「……これは?」

「貴方はただ、これを持ち続けていれば良いのですよ」


 そう言って、管理人らしき男は再び砂時計を配り歩き始めた。



 いつしか男は立ち去り、部屋には砂時計を持った人々だけが残された。そして数時間経っても、部屋では何も起こらない。


「おい、誰かいないのかよ……!」

「さっきの奴はどこに行った !?」


 不気味な静寂にしびれを切らし、一部の者が五月蝿く騒ぎ始める。


「なあ、これを割ったらどうなると思う?」

「さあ」

「試してみようよ」


 そんな中、少し離れた場所で数人のグループが砂時計を床に叩きつけようとしていた。

 僕が見ていると、そのまま大きく腕を振りかぶる。


「せーのっ」


 カシャン――。


 部屋に、硝子が砕け散る繊細な音が響いた。



 ◇◇◇◇



 恐らく何日も経った。不思議と空腹などは感じず、好きな時に寝て好きな時に起きた。

 俯いて膝を抱えた人々は、部屋のあちこちに固まっている。時折囁く声が聞こえるだけで、誰も騒ごうとはしていなかった。


 ――初日に砂時計を割った彼らは、影も形もなくなってしまった。割れた時計も、彼ら自身も、溶けるように掻き消えてしまった。

 僕はぞっとして寒気が止まらなかった。


 しかし、それを見てパニックに陥った人々も、時間が経てば同じように時計を割った。1日に何度も、様々な人が僕の周りで消えていった。

 待てど暮らせど何も変化しない空間では、判断が滅茶苦茶になっていくようだった。


 僕は気紛れに砂時計を振ったり、逆さにしたりした。不思議なことに、何をしても砂は一定の方向に流れ続けた。時間は戻らないということなのか。

 割ってしまえば何も残らない。だけど、割らずに降り積もったままならば、それは時間そのものだ。僕らの証拠だ。


 何も無い部屋の中、僕が何もしなくとも砂は落ち続けていく。暇で暇で、気が狂いそうになった。

 実際に発狂していく人がいる。叫びながら時計を握り潰す人がいる。

 どう足掻こうと、時々刻々と証は降り積もっていく。


 僕も段々、時計を割りたい衝動に駆られだした。何もかも終わりにしたくなる。

 ――ただ、これまでに消えていった人々が最期に浮かべた虚しそうな表情が、僕を押し止めていた。



 ◇◇◇◇



 ……最後の最後まで、僕は時計を割らなかった。一体何日経ったのだろう、もう部屋には僕しか残っていなかった。


 あと数分で砂が完全に流れ落ちる。

 あと少しできっと解放される。


 虚ろな目で僕はそれを見詰めていた。



 ようやく最後の一粒がさらりと落ちた瞬間、僕の意識は遠のき始めた。

 にやりと嗤う管理人の声が鼓膜を揺らす。

 僕は目の前が真っ暗になった。


「――それでは囚人の皆様、良い夢を」

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