第25話「宮本からきみへ」

 ファーストシーン、宮本がボロボロになって帰ってきて、鏡に向かい自分の顔を叩く。次のシーンは、会社で宮本が、傷だらけになって、歯を折り、左手はギプスをし、首からつっている。その姿を上司から咎められ、先輩から「世界の全てを敵にするんだろう、宮本」と言われ「そうです」と宮本は答える。

 何なのか?この映画の入り方は。あっけに取られ何の説明もなくこの二つのシーンを見せられる。真利子哲也監督は、受け手が訳の分からないシーンから初めて、「これからゆっくりお見せしますよ」とささやいている姿が見えて、こちらは期待とあたふたする相矛盾する気持ちで揺さぶられた。

 そもそも、この映画は、きれいな時間軸では作られていない。宮本の両親に結婚の報告をしてから、二人が強く結ばれるシーンになり、その後靖子の両親のもとに結婚の承諾を得に行っている。そこで宮本の母親は、できちゃった結婚に失望し靖子の父親も「約束が違う」と言い放つ。つまり、二人の両親は、手放しでは祝福していない。ここまでのシーンで確実なのは、元カレに迫られた靖子を宮本が、「中野靖子は俺守るが」と言い切り、二人は、結ばれるという事だけがわかっているのだ。でも、何故、真利子哲也監督は、時間軸をずらしたのか。その答えは、映画を観終わったときに用意していたのだ。

 二人は、順調につきあい始めたが、取引先の真淵部長(ピエール瀧)が現れ、ガタイのでかい元ラガーマンである彼は、宮本と靖子をチームに誘い、一緒に飲み、宮本は酔って潰れる。宮本と靖子を送るため、部長の息子、拓馬(一ノ瀬ワタル)(こいつもガタイの大きい元ラガーマン)が、二人を部屋まで送り、酔い潰れてて眠っている宮本のそばで靖子をレイプする。

 このシーンを境に映画は急変する。靖子の悲しみと憎しみ、守ってくれなかった宮本への恨み。一変するのは、蒼井優の涙を流し、憎しみに満ちた表情をアップで撮るのだ。また池松壮亮の驚き、怒りに震える表情のアップ。このシーンから、蒼井優と池松壮亮が怒りに燃えたときは、必ずアップのショットになる。泣きじゃくり、恐ろしく敵をじっと見つめる目つき、ボロボロになっていく女をまさにむき出しに演じる姿から、女の素の部分、いや本能が、蒼井優を介在してさらけ出されている。拓馬に復讐するときの走る姿、やられる姿、最後の喧嘩、体全体をボロボロにしながら、それでも向かっていく池松壮亮の表情をアップで撮るからこそ、宮本と拓馬の非常階段での喧嘩は、壮絶であり、必死であり、まさに命を賭けた戦いそのものが、アクションを生み出し、映像の迫力としてビンビン伝わってくるのだ。悪の権化、拓馬に勝ち、靖子のもとに行き、歯を何本もおり、指も二本折られ、口と鼻からは血を流し出し、Yシャツに血がべっとりとついている姿で、アップの池松壮亮が靖子にプロポーズをする。これには、気の強い靖子も宮本を受け入れると誰もが納得する。真利子哲也監督は、人間の極限状態に置かれた男女の表情を特にアップで撮影することによって、男と女の内部からふつふつと湧き上がってくる、憎しみ、悲しみ、怒りが増幅して映像にショックを与えていたから、これらの感情の発露を映像の力に寄りかかりながら、圧倒され見続けるしかないのだ。

 この映画は、漫画が原作であり、真利子哲也が自らTV化もしている。あいにく私は、読んでもいないし見てもいない。映画になる前に「絵」にも「映像」にもなっていた。しかし、冒頭でも述べた通り、時間軸をずらしている。この「ずらし」によって、両親の許に行った二人の強い覚悟がうかがわれるし、それゆえ、宮本の実家での宮本の涙、靖子の家で父親から祝福を受けないショックの強さが二人の苦悩が、映画を観終わった後じわじわとわいてくるのである。アクションの壮絶さ、喧嘩も感情の変化の表情をクローズアップで撮り続けたカメラワークが引き出す、圧倒的迫力、SEXシーンやレイプシーンのギリギリの映像表現、これらが渾然一体となって、「映画の力」になっていたから、漫画もTVも知らなくても十分映画として堪能できたのだ。

 全く、最後の最後まで楽しませてくれた映画であった。エンディングだ。池松壮亮のアップの様々表情、蒼井優と二人でのショット、そして宮本浩次の主題歌と相まって、それぞれのショットを観ているだけで、この映画の余韻にしっとりと浸らせてくれた。「宮本から君へ」は、宮本か靖子へという事だけではないであろう。男も女も、結婚している、独身であっても、「誰かが何かのために覚悟を決めること」だと私は理解した。それゆえ、この映画を観た人は、それぞれの立場で「覚悟」をもって生きていける映画として存在し続けるであろう。真利子哲也監督は、痛く、苦痛に満ち、それでも「覚悟」を持った小市民を讃えた作品を作った。人に必要なものは、英雄的要素ではない。「覚悟」だけだと実感した。

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