第24話「残菊物語」戦前の溝口の映画を見ろ

 歌舞伎界の大御所菊五郎の跡継ぎ菊之助と奉公人お徳との身分を超えた悲恋の物語である。溝口健二監督は、悲恋の物語を映画にしたのではなく、映画として映像と台詞も加えた音で悲恋にしたのだ。

菊五郎の猛反発を受けるシーンは、菊五郎の威厳がショットの構図からにじみでており、菊之助が家からフレーム外で追い出されるシーンは、菊五郎の絶対的力を感じさせる。

愛し合っている菊之助とお徳の間には常に一定の距離感が保たれている。その距離を超えて二人が接近したとき、お徳は奉公の暇を出され、菊之助は大阪の公演から外され、旅廻り公演が中止になり、名古屋でお徳は病におかされる。溝口監督は、この二人の距離感をローアングル、バストショット、俯瞰ショットを駆使し二人の悲恋の根本である超えられない身分の差と歌舞伎界特有の血筋が必要なことを表している。

菊之助の親友が名古屋に公演に来た際、お徳は一大決心し菊之助を舞台に立たせうまくいったら東京へ復帰させてくれるよう必死に頼む。舞台の袖から移動しひたすら菊之助の成功のみを祈るお徳の必死の姿が白黒の画面に焼き付けられ、菊之助は、下積みの苦労が生きて芸を認められる。

東京へ復帰した菊之助は、菊五郎から芸を認知される。そこに大阪公演の話がでる。その公演のワン・シーン・ワンショット、ロングショットでの奥行ある映像は、お徳が見ているような、また菊之助がお徳に見せたいと思わせるショットであった。

終幕、菊五郎からお徳と夫婦として認められ、菊之助とお徳の二人のお互いを思いやる会話のやり取りをワン・シーン・ワンショットでじっくりと描き出し、それでも船乗り込みを気にしているお徳は、菊之助を送り出し、船の上で誠実に挨拶する菊之助を映し出しつつ病床のお徳には船乗り込みのおはやしが耳元で聞こえる、その二人の姿を見て、悲しみの感情があふれ出てくる。まさに映像と音で溝口監督は、映画として悲恋を作り出したのだ。これが戦前の映画、すごいの一言だ。

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