第21話「声もなく」子供は純粋ではない

 男は、卵の移動販売、裏稼業で死体遺棄を生業にしている。口がきけなく,人里離れた家は荒れ果てていて汚らしい妹が一人、財産は移動手段の自転車一台のみ、家に帰ると寝るだけの生活、まさに夢も希望もない男だ。

 男は、ひょんなことから誘拐された少女を嫌々預かる羽目になる。少女は、誘拐されたが、親が身代金を支払わないため、男と妹と一緒に暮らすことになる不憫な少女である。

 ホン・ウィジョン監督は、この状況に置かれた少女が、男の妹に優しくいろいろ教え、部屋の中も綺麗になり、男と妹、少女が兄妹、家族のように、お互いが切なさを抱えた人間同士のほのかなぬくもりを描いてみせる。

 しかし、ホン・ウィジョン監督のこのオブラートに包んだぬくもりに騙されてはいけない。子供は純真だという思い込みは持ってはいけない。この金持ちの少女は、この場所から逃げ出すために全て計算づくで妹に優しくし、男に従順さを装う。寝ている男から携帯電話を盗もうとする、男が部屋に入る瞬間から妹の面倒をみる、そして隙をうかがい家から逃げたのだ。男は、少女を懸命に探しやっと見つける。少女にとっては、見つかったという感情しかない。少女が偶然警察官に助けを求めたことから、男の家に警察官がやってきて、疑う警察官を殺してしまったと思う。

 全てが切羽詰まり、とうとう男は少女を学校に連れて行く。少女と先生の再会、男は、少女に名残惜しくてたまらないように少女の手をぎゅっと強く握っているが、少女は、その手を懸命に振りほどき先生のもとに走り去っていく。そして男の事を誘拐犯だと言う。

 「いや違う」と男は言えない。必死に走って逃げる男の顔のクローズアップ。夢も希望もなく、その上誘拐犯の容疑もかけられ、貧しく弱い者は、どこまでも貧しく弱くなるばかりだ。一方、少女は、金持ちで信用される。ホン・ウィジョン監督は、格差社会のアイロニーを痛烈にしかも残酷に作品に投影したのだ。そして問う、格差社会はいかに生まれ解消できるのかと。

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