第20話「おろかもの」愛おしい映画

 妹の洋子が結婚を目前にしている兄健治が、美沙と浮気していることに気が付くというごく単純な物語である。

 洋子の人生の目標は、真っ当な人間になることだ。洋子が、尾行して美沙を見つけ兄との関係性を問い詰めたときの美沙の弱そうなではかなそうな表情と左手で右腕をつかむ仕草が、なんとも柔らかで優しいタッチで描かれていくのだ。カメラは、おろかものを悪とはとらえていないのである。

 真っ当な人間は勝ち組、おろかものは負け組という両極。勝ち組の果歩は、婚約者であり家事も仕事も完璧にこなす人間だ。一方の負け組の美沙は、派遣社員であり、過去も男運が悪く、健治の浮気相手でしかない。勝負は、戦う前からついている。

 人間があまた存在するなかで真っ当な人間は、何パーセント占めるのだろうか。ほとんどの人間が、おろかものではないだろうか。人間は、弱くて、ミスもすれば、失敗も多々する。それゆえ人間としての可愛さが醸し出されるのではなかろうか。真っ当な人間を目指す洋子が、美沙との距離をどんどん縮めていき、洋子自身がおろかものになっていくのをカメラはうまくすくいとっている。洋子は、弱くて、はかなく、おろかものの美沙に安心感と可愛さを抱き好きになるのだ。映画は、おろかもののイメージを洋子、健治、美沙の映像を通して受け手に投げかけ、受け手は、なんとも心地よくそのイメージを享受するのだ。

 一方で真っ当な人間の果歩は、健治の浮気を知ってもまったく動じない。自分自身に自信があるのと、健治を愛し、健治には私が必要と心の底から実感しているからだ。しかし、果歩の迷いや悩みを抱えそれでも気にしないという覚悟をイメージさせるのだ。しかも、カメラが、果歩をほんわかと映すのがまたいい。

 真っ当な人間、おろかものに勝ち負けはない。果歩は幸福をつかむが、美沙は洋子の心をつかんだ。真っ青な服、真っ赤な服を着た洋子と美沙が疾走する姿に人間が持つ弱さと可愛さ、二人の絆が十分伝わり、なぜか幸福感に包まれた映画であった。

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