第6話 「ファイター、北からの挑戦者」

 この映画は、見せる映画ではなく、観せつける映画だ。脱北者ジナが、ソウルに来てから「私の戦いはまだ終わっていない。これからも戦うだけだ」と独白する。それからジルは、苦しくても懸命に働き一人部屋の中で疲れ果てている。理不尽な扱いを受け、それでも生きていくジルの姿を観せつけられる。不要な映画的説明は一切なく、ジナの生き様をただただカメラは映し出し受け手はスクリーンを観つめることしかできず、これからジナがどう生きるかを観ることしかできない。

 清掃員の仕事を得てボクシングに出会いプロボクサーになる決意をしたジル。この時のジルの目付き、練習への取り組み、にじみ出る闘争心、トレーナーのテス、館長も言葉少なくジルをじっと見つめるだけだ。だから受け手はこの三人の心模様を観るしかない。ジルが試合に負けて悔しがる時、テスと館長はご飯食べろとジナに言うが、ジナは悔しさのあまり一旦帰りかけるが戻って三人で食事する姿は、三人の信頼関係をはるかに超えた愛を感じる美しいシーンであった。

 ジナと父を捨て脱北し韓国へ逃げた母親との関係性についても何の説明もなくジナと母、母の娘の三人の姿を観せつけるだけで、三人の心の葛藤、恨み、後悔、疑念を観せつけられ、根底に流れる母娘の強い愛によって結末する。

 いつも仏頂面のジルをテスが遊園地に連れて行き、ジルが初めて笑顔を見せる。二人の愛の発露である。テスはジルを好きだと言いジルもこたえ、映像はこの二人の姿を観せつける。

 登場人物を受け手に映像で観せつけるユン・ジェホ監督の力技は、有無を言わさぬ映像の説得力に満ちていて、受け手はただただ観ることしかできないが反面観る事で完結するのだ。そして映画は、愛に包まれて終わる。ラストシーン、ジルは冒頭と同じ独白をする。しかし、そこには苦難の果てに様々な愛を手に入れたリングに向かうファイター、ジルの姿がくっきりと浮かびあがっていた。映像が持つ迫力を久々に味わった映画であった。

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