第2話「梅切らぬバカ」

 自閉症の息子を持った母親がひと言言う「お互い様じゃないの」と。この「お互い様」という言葉を久方ぶりに聞いた。私は昭和世代で、ある年代になるまでよく聞いていた言葉だ。ただ、最近聞いた覚えがないのは、まさに時代の変化なのだろう。

 昭和は、「向こう3軒両隣」「1億総中流」と言われた時代で皆が同じだという気持ちで生きていた。そんなに裕福でなくても貧乏とも思わなかった時代。それがあの狂乱のバブル時代を経て恐ろしいほどの低成長時代に突入し、いつも不景気という時代になった。その結果生まれたものは、格差と分断の社会だ。富める者はより裕福になり、貧乏な者はより貧困になる。また裕福と貧乏は世代が変わっても引き継がれ格差と分断はますます広がるばかりだ。それが、今の現実ではないかと私は考えている。

 そんな時代に、自閉症を抱えた親子の映画が公開された。50歳になる自閉症の息子と母親の慎ましい暮らしと愛情に満ちた親子関係を描き、母も年を取りいつまでも息子の面倒を見れないと思い、刹那の思いで息子を施設に預ける覚悟を決めた。息子は施設に入るがいつもと違うリズムの暮らしに協調できない。母親は、息子がいなくなった家で一人寂しさに押しつぶされるようになる。それなのに施設そのものが近隣住民の反対にあうのだ。

 近隣住民は、施設に入所している病気を抱えた人達が何をしでかすか怖いとか、いつも施設がうるさくて騒音だと文句を言う。冒頭の母親の発言はその時の会合の中での一言だ。ただ、時代は、昭和から平成をを経て令和になった。格差と分断がますます進み、自分さえよければいい、利己主義がはびこる、「不寛容」な時代になったのだ。この「不寛容」な時代には、「お互い様」という精神は、通用しないのが現実なのだろう。

 一方でこの令和の時代は、ダイバーシティ(多様性)が声高にうたわれている。異質な人を受け入れることだ。ゲイ・レズピアン・双極性、性のことだけでなく、障害者とも同じであると今年のパラリンピックで学んだ人も多いだろう。しかし現実はそんなに甘くはないと私は考える。「不寛容」は収まる気配が全くなく日本でも世界各地でもコロナ禍、地域紛争、イデオロギーの対立で格差・分断はよりひどくなっていて、究極的に差別が起きている。それゆえ、令和新時代になっても「お互い様」という精神は復活しない。いや、ますます「不寛容」が広がっている。和島監督は、映画の受け手に問うているように思うのだ。「あなたは異質な人を認められますか」と。

 和島監督は、答えを受け手に提示してくれている。それは、隣に引越してきた一家との関係性からだ。一家の夫は、道にはみ出している梅の枝に文句を言い、妻と子供に隣は自閉症の障害者がいるから気を付けろと言っていた。妻と子供は、隣の母親と良好な関係を築き、子供は自閉症の男と何の変わりもなく同等の人間の付き合いをする。そのことによって二人はある事件を起すのだ。

 しかし、自閉症の息子を持つ母親は、隣の子供が事件に関与したことを一切口外しなかった。それは自分の息子も一緒に起こしたことであり、「お互い様」という精神の発露からだ。この母親の「お互い様」という精神に触発されたのが、隣家の夫だ。自分の家の面目を保たれただけでなく、母親の温かい思いやりに心を開き、自閉症の息子と酒を酌み交わし、話をすれば、何も変わらない、みな同じだという事に初めて気づくのだ。

 声高にダイバーシティなんて言っても無駄だ。自分が異質な人を受け入れて初めて成立するのだ。言葉が少々伝わらなくても気持ちはしっかりと伝わる。伝えようと心を尽くせば心は伝わる。健常者も障害者も関係ない、日本人も外国人も関係ない。なんて偉そう言えるのは、私自身、32年前国際結婚した妻と今も一緒に生活しているからだ。違いを埋めるのは難しい、でも二人で生活し娘二人育てたのは、まぎれもなく二人の異質な人間の共同作業であったからだ。だから今この生活が愛しい。ダイバーシティは、受け入れてみないとわからない。わからなければ、「お互い様」という精神で生きなくては。人は誰もが異質だ、異質な人間がともに生きていくためには、「お互い様」という精神でお互いを認めあう、許し合うことが始まりだと深く深くこの映画を観て考えたことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る