第3話 雪のセンサー、大忙し。

「チーフ、これ、プレゼンの原稿です。目を通していただけますか?」

「解りました。そうだ金井かないさん、先週の企画書、誤字脱字多すぎ。しっかり読み返して確認して。文も分かりやすく書いてください」

「あ…、はい。すみません」



雪のスマホのバイブが震えた。開くと――…、


〔こんにちわ。この間飲み会で会った、平永生です。今度一緒に食事でもどうですか?〕

(は?なんであの人が私のメアド知ってるの?)

少しイラッとしながら、

〔すみません。今大きなプロジェクトを抱えていますので、そう言ったお応えできません〕

断りのメールを素早く返した。

〔すぐじゃなくて良いんです。落ち着いたら連絡してください〕

(面倒くさ…)




雪は、永生に何の興味もなかった。只の軽薄な男としてしか認識していなかった。

嫌々冷たく、こう返した。

〔平さんなら私じゃなくても引く手あまたですよね?そんな遊びに付き合ってるほど暇じゃないんで〕

もう返事は返って来ないだろう、と思ったが、

〔清水さんと話がしたいんです。清水さんが暇になるまで待ってるんで、その間、メール送る事だけ、許してください。じゃあ、また明日電話します。〕


そのメールに、心底、面倒臭いから、雪は、全部、無視することにした。



しかし、思い返してみて、一つ意外な事を思い出した。

永生がこのメールに使った、“清水さん”と言う呼び方だ。



飲み会の日、周りの女性陣が雪を雪と呼ぶから、永生からも、と呼び、付きまとった。

そんな永生とは、打って変わって、文面を素直に捉えたら、結構真面目なのかも知れない。

…なんて考えて見たけれど、


(んなはずないか…)

と思った。

少し思案していたが、

「チーフ、会議の時間です」

「あ、はい、今行く」

メールは返さず、会議室に向かった。



「チーフ、この前、新人歓迎会で会った平さん、素敵でしたよね」

「そう?あんまり印象に残ってない。ほら、会議始めるよ」

「あ、はい。すみません」

会議を二時間程行い、スマホがまた震えたので、雪は溜息をついた。

(もう!なんなの?)


〔返信なかったんで、もう一度メールしました。同じプロジェクト担当の子に聞きました。明日でプロジェクト、ひと段落つくんですよね?良かったら、食事でもどうですか?〕

「はぁ…」

「どうされたんですか?先輩。溜息なんてついて」

「あぁ、なんでもない」



女の嫉妬は怖い。

それはよく解っている。

雪も外見は美人だから、告白されることも何度かあった。その告白相手が、イケメンであればあるほど、嫉妬の嵐に巻き込まれる。

例え興味はないとしても、永生と連絡(一方的だが)を取り合っている事を会社の女性陣にバレれば、たちまち大嵐だろう。

そんなものに巻き込まれないようにメールアドレスを教えたであろう、北見にを問いただした。



「私のメアド、平さんに教えたの、北見先輩ですよね?個人情報、勝手に教えるのやめていただけませんか?」

「あ…悪い…、永生がどうしてもって言うから、仕方なく…」

「あの人に伝えてもらえませんか?からかうなら他の子にしてくださいって。お願いします」

頭を軽く下げると、雪は自分のデスクに戻った。

(だから言ったのに…永生の馬鹿野郎。…俺が怒られたじゃん)




それから一週間、永生からのメールは来なくなるどころか、これでもか、と誘ってくる。

〔〈ヤキモチ焼いちゃった?なんて言ってごめんね、あの時は本当に酔っ払ってて、本当に冗談だったんだけど、清水さんの事忘れられなくて。俺第一印象は軽くみられるって自分でも解ってるんだけど、でも清水さんの事が忘れられないんだ。本当に。お願い!一度だけでも、ちゃんと会えないかな?〕




「はあぁ―…」

重たーい溜息が、眉間のしわでさえ携えて、不機嫌をあおった。



〔じゃあ、一度だけ。ただし、この事、会社の誰にも言わないでください。平さんもお解りでしょうが、平さんの事、気になってる女性陣がいっぱいいたんで。ごたごたするの嫌なんです〕


〔本当!?うん!誰にも言わない!じゃあ、[LOVES]ってバーで今夜七時に。で良い?〕

〔はい。解りました〕



ついに、永生と会う約束をした雪。

けれど、面倒くさいとか、気乗りしないとか、そんなものは一切なかった。



もしも、もしも、和俊に永生といる所を見られたら…。

只々誤解されるのが怖かった。

女性陣なんて天秤にかけても、和俊への想いの方が重いに決まってる。





六時四十五分。



雪は、永生なんかに振り回されて、会う約束なんてしてしまった事に、後悔しかなかった。



雪は、永生と会う直前、お化粧室の中で、号泣し、三分で泣き止み、お化粧を直して、何事もなかったように、永生がまだ来てないよな…と思いつつカウンターに座ると、

「清水さん!」


その声が聞こえてきたのは六時五十分。


しかし、


「あのイケメン、一時間も一人で飲んでたから逆ナンしようと思ってたけど、やっぱ奇麗な彼女いたんた…」

「あー近くにいないかな?良い男」

「無理無理!そんなドラマチックな事ないって!」



そのコソコソ話が聴こえた。



(一時間前!?嘘…)



「あ、清水さん!」

「ごめんなさい、待たせてしまって」

「ん?なんで?俺も五分前くらいに来たけど、清水さん待たせるの嫌だから、ちょっとは早くこなきゃね」



カウンターの上に目をやると、注がれていたのは、お酒ではなかった。

只の水だ。



(この人…酔っちゃうと軽く見えるって、本当なのかな?)


この瞬間、センサーが少し捉えたけれど、

演技かも知れない。

ただ単にこれが永生のかも知れない。



センサーがあちらこちらを照らすけれど、真実は解らなかった。

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