第3話 雪のセンサー、大忙し。
「チーフ、これ、プレゼンの原稿です。目を通していただけますか?」
「解りました。そうだ
「あ…、はい。すみません」
雪のスマホのバイブが震えた。開くと――…、
〔こんにちわ。この間飲み会で会った、平永生です。今度一緒に食事でもどうですか?〕
(は?なんであの人が私のメアド知ってるの?)
少しイラッとしながら、
〔すみません。今大きなプロジェクトを抱えていますので、そう言ったお応えできません〕
断りのメールを素早く返した。
〔すぐじゃなくて良いんです。落ち着いたら連絡してください〕
(面倒くさ…)
雪は、永生に何の興味もなかった。只の軽薄な男としてしか認識していなかった。
嫌々冷たく、こう返した。
〔平さんなら私じゃなくても引く手あまたですよね?そんな遊びに付き合ってるほど暇じゃないんで〕
もう返事は返って来ないだろう、と思ったが、
〔清水さんと話がしたいんです。清水さんが暇になるまで待ってるんで、その間、メール送る事だけ、許してください。じゃあ、また明日電話します。〕
そのメールに、心底、面倒臭いから、雪は、全部、無視することにした。
しかし、思い返してみて、一つ意外な事を思い出した。
永生がこのメールに使った、“清水さん”と言う呼び方だ。
飲み会の日、周りの女性陣が雪を雪と呼ぶから、永生からも、雪ちゃんと呼び、付きまとった。
そんな永生とは、打って変わって、文面を素直に捉えたら、結構真面目なのかも知れない。
…なんて考えて見たけれど、
(んなはずないか…)
と思った。
少し思案していたが、
「チーフ、会議の時間です」
「あ、はい、今行く」
メールは返さず、会議室に向かった。
「チーフ、この前、新人歓迎会で会った平さん、素敵でしたよね」
「そう?あんまり印象に残ってない。ほら、会議始めるよ」
「あ、はい。すみません」
会議を二時間程行い、スマホがまた震えたので、雪は溜息をついた。
(もう!なんなの?)
〔返信なかったんで、もう一度メールしました。同じプロジェクト担当の子に聞きました。明日でプロジェクト、ひと段落つくんですよね?良かったら、食事でもどうですか?〕
「はぁ…」
「どうされたんですか?先輩。溜息なんてついて」
「あぁ、なんでもない」
女の嫉妬は怖い。
それはよく解っている。
雪も外見は美人だから、告白されることも何度かあった。その告白相手が、イケメンであればあるほど、嫉妬の嵐に巻き込まれる。
例え興味はないとしても、永生と連絡(一方的だが)を取り合っている事を会社の女性陣にバレれば、たちまち大嵐だろう。
そんなものに巻き込まれないようにメールアドレスを教えたであろう、北見にを問いただした。
「私のメアド、平さんに教えたの、北見先輩ですよね?個人情報、勝手に教えるのやめていただけませんか?」
「あ…悪い…、永生がどうしてもって言うから、仕方なく…」
「あの人に伝えてもらえませんか?からかうなら他の子にしてくださいって。お願いします」
頭を軽く下げると、雪は自分のデスクに戻った。
(だから言ったのに…永生の馬鹿野郎。…俺が怒られたじゃん)
それから一週間、永生からのメールは来なくなるどころか、これでもか、と誘ってくる。
〔〈ヤキモチ焼いちゃった?なんて言ってごめんね、あの時は本当に酔っ払ってて、本当に冗談だったんだけど、清水さんの事忘れられなくて。俺第一印象は軽くみられるって自分でも解ってるんだけど、でも清水さんの事が忘れられないんだ。本当に。お願い!一度だけでも、ちゃんと会えないかな?〕
「はあぁ―…」
重たーい溜息が、眉間のしわでさえ携えて、不機嫌を
〔じゃあ、一度だけ。ただし、この事、会社の誰にも言わないでください。平さんもお解りでしょうが、平さんの事、気になってる女性陣がいっぱいいたんで。ごたごたするの嫌なんです〕
〔本当!?うん!誰にも言わない!じゃあ、[LOVES]ってバーで今夜七時に。で良い?〕
〔はい。解りました〕
ついに、永生と会う約束をした雪。
けれど、面倒くさいとか、気乗りしないとか、そんなものは一切なかった。
もしも、もしも、和俊に永生といる所を見られたら…。
只々誤解されるのが怖かった。
女性陣なんて天秤にかけても、和俊への想いの方が重いに決まってる。
六時四十五分。
雪は、永生なんかに振り回されて、会う約束なんてしてしまった事に、後悔しかなかった。
雪は、永生と会う直前、お化粧室の中で、号泣し、三分で泣き止み、お化粧を直して、何事もなかったように、永生がまだ来てないよな…と思いつつカウンターに座ると、
「清水さん!」
その声が聞こえてきたのは六時五十分。
しかし、
「あのイケメン、一時間も一人で飲んでたから逆ナンしようと思ってたけど、やっぱ奇麗な彼女いたんた…」
「あー近くにいないかな?良い男」
「無理無理!そんなドラマチックな事ないって!」
そのコソコソ話が聴こえた。
(一時間前!?嘘…)
「あ、清水さん!」
「ごめんなさい、待たせてしまって」
「ん?なんで?俺も五分前くらいに来たけど、清水さん待たせるの嫌だから、ちょっとは早くこなきゃね」
カウンターの上に目をやると、注がれていたのは、お酒ではなかった。
只の水だ。
(この人…酔っちゃうと軽く見えるって、本当なのかな?)
この瞬間、軽い奴嫌いセンサーが少し捉えたけれど、
演技かも知れない。
ただ単にこれが永生の手かも知れない。
センサーがあちらこちらを照らすけれど、真実は解らなかった。
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