第10話甘味
休暇を貰ったつもりでゴロゴロしていると、話したこともない(通じない)様な
人達が何人も見舞いに来てくれた。今回の一件で俺の事を仲間として受け入れてくれたのかもしれない。その中にはギンの姿もあった。膝枕の件を確認したかったのだが
どうしたらいいのかわからずに、ペコペコ頭を下げながら造り笑顔で手を振るのが 精一杯だった…… アオは甲斐甲斐しく俺の面倒を見てくれている。そんなに甘やかすとダメな大人に戻ってしまうぞ……。
なんだかんだで休暇を満喫していたわけだが、ある日温泉(仮)から戻ってくると
寝床の横に珍妙な着ぐるみが置いてあった。
「オ~~~ !! 」
珍妙な着ぐるみに気付いたアオが目を輝かせている…… 一体、何事? …… まあ
ここに置いてあるということは、俺がらみなのだろうけれども……。
「おう、戻ったか」
「ああ……ばあさん、この着ぐるみは一体? 」
「着ぐるみ? ああこれか、これから蜂の巣を取りに行って貰おうかと思っての」
「蜂の巣? ああハチミツか」
「ハチミツ、蜂の子、蜂ロウ、全て貴重品じゃ。それにアオは蜂の子が大好物での」
それであれほど目を輝かせている訳か、するとこの着ぐるみは蜂よけに着る…………
ってオイ !?
以前テレビで蜂の巣駆除の番組を観たことがあったが、駆除業者は宇宙服の様な格好で蜂の巣に挑んでいた。改めて目の前にある着ぐるみを確認する……獣の皮をつなぎ合わせたポンチョの様になっている、スキマだらけだ……最も注目すべきは頭部だ、
草のツルを編み込んで作られているのだが……もうザル? いやカゴ? と言うべき仕上がり。網の目の大きさがザルすぎる、絶対侵入FREEだろ、これ……
「ばあさぁ~~ん…… これザルすぎるよ」
久々に泣きが入る。
「そうか? なんとかなるもんじゃぞ」
ばあさんは俺に背中を向けて素っ気なく返事をする。確かに頑張りは認める、ここに
在る物でこれ以上は難しいかもしれない。
「どうしたもんだこれ……」
「煙をうまく使うのじゃよ、それとあまり蜂を恐れずにゆっくりと動くと良いと
聞いた事がある様な気がする……かもじゃ !! 」
歯切れが悪いぞ……あとこっち向いて話せよ、ばあさん…… 蜂の子、プロポリス
とかいったかな? 実際に食したことは無いが、高タンパクな栄養食品であることは
知っている。大好物だというアオを喜ばせたいとも思うのだが……
「いや、やるよ? やるけどさぁ~」
「おう、そうか !? 皆も喜ぶぞ !! 」
こちらを向いていつもの調子に戻るばあさんでした。
「でもこれはナイ、なんとかならんかな ? 」
「使いやすく改良して良いぞ、それも天下人の役目じゃからの」
「う~ん……」
「出発は遅らせても構わんよ、ここにある物は好きに使え、期待しとるよ……呵々」
そう言い残すとメシの支度とか言いながらアオを連れていなくなってしまった。
改めて着ぐるみの基本スペックを確認してみる。とにかく頭部から首周りにかけて
どうしようも無く脆弱である。最悪命に関わるので頭をフル回転させて知識をひねり出そうとするのだが妙案は浮かばず、唯一浮かんできたのが害虫駆除アルバイトの 求人票だった。
「せめて頭と首周りだけでも守りたいよな……ヘルメットとか虫除けの網戸の網とか
ないかな?」
そんな都合よく網戸の網などあるわけもなく、手持ちの蜂情報はテレビで観た蜂の巣ハンターの映像のみ、幸い今まで蜂に刺された事も無かった。
「あの宇宙服みたいなの、いくらすんだろ?」
考えがまとまらなすぎて思考逃避し始める。こうしてみると目の前にある着ぐるみが
とてつもなくハイスペックに見えてくる……少なくともこの着ぐるみより上位装備を
考え出す事が出来ない。
「ん? 提灯……」
ヘルメットは無理でも、時代劇に出てくる提灯位なら作れるかも……竹ひごで型枠を
作って布や皮で覆ったら……いやいやそれよりも、め組の人が被っている……確か
防火頭巾みたいな……あっ……フード追加すればいいのか……
「これいけんじゃね !!」
「ウン」
いきなり声をかけられて驚きながら後ろを見ると、アオがチョコンと座っている。
一体いつからいたのか、ダラダラと発していた独り言が聞かれていたかと思うと少し
恥ずかしい。
「いたのか、これ直すから手伝ってくれるかい? 」
「ウン」
きちんと通じているのかどうか怪しいところだがまあいい……改良点は二つ、革製のフード追加とインナーに提灯型ヘルメット、これで目元以外はなんとかなりそうだ。
実は目を守るアイテムは真っ先に思いついていたのだが、そのアイテムを作る為にはギンを説得せねばならない。ギンが腰にぶら下げているペットボトルが必要なのだ。
そう、ペットボトルでゴーグルを作る、我ながら名案だと思うのだがギンが提供してくれるかどうかわからないのだ。
「アオ、ギンは? 」
小首をかしげるアオ、どうやら不在らしい……作業を進めるとしよう。
下手な絵を描いたり、身ぶり手ぶりで改良点を説明するが半分も伝わっていない
気がする。ただ、蜂に刺された時の、
「アウチッ !! 」
という表現はすぐに理解してくれた。人類共通なのか? これ?
早速、竹ひごを作り始める。鉄製のクサビ(タガネ?)を使って竹筒を縦割りにして
ある程度細くなったらナイフで仕上げる、こんなの簡単……ではなかった。
これ絶対ケガするやつだ……人生初の竹割作業、道具はタガネの様な物と石ハンマー
どうしたらいいのか解っているのに、いざやってみると全く思い通りにいかない。
スキル無、そして貧弱装備……早くも壁にぶつかってしまう。
まだ何もしていないのに休憩(シンキングタイム)に突入してしまう。
「どうしたもんだ、これ」
腕組みしながらブツブツと独り言をつぶやいていると、背中をポンポンと叩かれる。
アオはばあさんがいる方を指さして一言……
「ババ」
ばあさんに相談しろという事だろうか、確かになんとかしてくれそうである。
しかしここで無駄に漢の矜持というか薄っぺらいプライドが顔を出してくる。力仕事
までばあさんに頼るのかと、いや、ただアオの前で格好つけたいだけなのだろう。
深呼吸する……一回、二回、三回、たかが深呼吸されど深呼吸、俺は深呼吸の効果を
体感レベルで知っている。もともとはコンビニバイトの時、イヤな客と遭遇した時に
収得したスキルだった。イライラ防止効果の他に、何か迷っているときにも効果が、期待できる。それにタダだし……おすすめします。
少し冷静になった事で客観的な思考が出来るようになってくる。この場所で大ケガを
したら最悪命に関わる、他の皆にも迷惑をかけてしまうのだ……
「わかった、ばあさんに相談してみようか」
「ウン」
しかし、ばあさん最強だな……
「ちょっといいかな? 」
「おう、なんじゃ」
「実は…… 」
竹ひごが作れないことも含めて、着ぐるみの改良点を細かく説明する。
「ウム、竹ひごはないがこれなんかどうじゃ」
ばあさんが差し出したのは竹を縦割りにした細い棒だった。
「何故ここにこれが?」
イメージより少し太いが、充分使えそうな代物が目の前に……
「ああ、これをもう一加工して箸を作っておる、いつも使っておろうが」
「箸かぁ、箸ねぇ、箸だわぁ~ 」
「要は頭と首を守りたいということじゃな……ウム、素でも作って頭に巻くかの」
「素って何 ? 」
「巻き寿司を……作ったことはなさそうじゃの……ヨシズはわかるかい? 棒と棒を
紐で結びつけていく…… 」
「あ~~はいはい、わかるわかる」
正直、ヨシズとスダレの違いは説明出来ないがイメージとしては理解した。
「お面の様な形にして外とうの顔の部分につけたらどうじゃ」
頭の中に剣道で使う面が浮かんできた、使用材料も最小限で済みそうだし、難しい
加工もあまりない……なんとかいけそうだ。
「今回はこれ使うといい、これはこれでコツがいるからの」
竹棒の束を差し出しながら色々とアドバイスをくれる。早く相談すればよかった。
「竹を曲げたいときは軽く炙るといい、ヤケドするなよ」
「ありがとう、やってみるよ……それと、ギンが使ってるペットボトルなんだけど」
「ペット……ああ、透明な水筒の事か、あれがどうした? 」
「こう、目の部分が透明だと見やすいと思うのだが……」
指で輪を作り、メガネアピールしてみる。
「おう、面白いな !! ワシそういうカラクリは好きじゃぞ……じゃがのぅ~ 」
「無理かな ? 」
「取り敢えず話だけでもしてみるといい、ギンも蜂が危険なのは知っておるからの」
「そうするよ、まずは説得しやすいようにお面を作ってみるよ」
「そうじゃな、そうするといい」
ここからは早かった、竹棒と糸でお面を作り、鹿の皮をフード状にしてスッポリと
被れる構造にしてみた。例えるなら剣道の面と某国民的アニメに出てくるカオ○シを合せた感じ。ヒーローショウに出てくる悪役みたいでアオの評価も上々である。
因みにスキマを通してかなりの視界が確保出来る事が判明、真に残念ながらペットボトルゴーグル案はボツになってしまった。決してギンが恐かった訳ではない……
「出来たぞ !! どうよ、ばあさん !! 」
「おう、上出来じゃ !! ウム、なるほどのう、それで前は見えるのか? 」
「ああ問題ない、思った以上によく見えるよ」
「よし、それじゃあ早速頼むとするかの」
「二人で行くのか?」
「いや、煙で燻す係も必要じゃからの、ギンの組の戻り待ちじゃな……ギン達なら
蜂の巣の在処も、大体見当付けておるじゃろうし…… 」
「了解だ !! 任せてくれ !! 」
今はまだ、意気揚々と返事をかえす俺だった…………
「MASSA……ア~~~ 」
アオが小さい口を開けながら白い物体を食べさせようとする。その白い物体とは、 蜂の子のハチミツ漬け、アオの大好物だ。甘味が圧倒的に不足しているこの場所では
最高ランクのスイーツである。見た目はおいておいて味はなかなかであり、ハチミツ独特のエグ甘とクリーミーな内容物、この食感と味を新スイーツとして再現したら
そこそこ売れると思う。もちろん名称は変えるべきだが。
「ア~~~ 」
アオがぐいぐい押し付けてくるこの蜂の子、数日前に俺たちが取ってきたもので、
まずまずの戦果といっていいだろう。その戦果と引き換えにこちらの損害も相当な
ものになってしまった。なにしろあのザル装備、刺されないわけがない !!
一体、何カ所刺されたことか……
刺された直後は小さな赤い点だったが家に戻ってきた頃には赤みが広がり、まるで 最中の皮を貼り付けたかの様にパンパンに腫れあがってきた。幸い、呼吸困難や動悸などの症状は出ていないが、見た目のインパクトはものスゴイ事になっている様だ。
なにしろあのばあさんが俺を見るなりオロオロし出したくらいだ。取り敢えず患部を
冷やしながら様子を見ることになった。
「どうじゃ、調子は…… 」
熱取り用の湿布剤を持ってきたばあさんが声を掛けてくれる。ゲル状にすり潰された湿布剤を受け取ったアオが早速、湿布の交換を始めてくれている。
「腫れも引いとらんし熱も……まだあるのう」
アザラシ肌と化している俺の足を触りながらため息をつく。心配してくれているのだろう、貴重な薬草も惜しげも無く使ってくれている。
「ん~~~見た目ほど調子が悪いわけではない……と思うが」
「こういう物は個人差があるからの、それにしても刺されすぎじゃ……よく死なんで
帰ってきたよ、ここまで腫れ上がったの初めてみたわ…… 」
そう、刺されすぎだ……原因もわかっている。俺(採取係)と他(煙係)の連携が
壊滅的だった。言葉が通じない、意思の疎通が曖昧だったのに加え、初めての作業に
テンパってしまい蜂達をムダに刺激してしまった。ホバリングする見張り(?)蜂を
払った瞬間、黒いモヤモヤが迫ってきた。迫ってくる蜂達を払おうとして更に蜂達を
興奮させてしまうという悪循環……コレハマズイ……と煙班がフォローしてくれなかったら最悪の事態になっていたかもしれない。
「まあ暫くは大人しくしておれ、そうじゃの……腫れが引くまではあまり動かん方が
よいじゃろう」
「ああ、しかしここに来てから寝てばかりな気がするよ」
毎回、面倒を観てくれているアオを見ながら呟く。
「呵々、無敵人間にでもなったつもりか? テレビジョンの見すぎじゃ…… 」
それからしばらくの間、何かをするわけでもなくダラダラとムダに時間を潰す事に
なった。アオやばあさんが時々様子を観に来てくれるが、皆色々とやることがある為
ずっと傍にいてくれる訳ではない。右手の腫れがなかなか引かず手仕事もままならない状態だ。自分の手ではないみたい……まるで掃除用ゴム手袋に空気を入れて膨らませた様にパンパンだ。
「蜂、恐ェェ~~ 毒、恐ェェ~~」
アナフィラキシーとかいったか、今回は無事(?)だったが二回目はマズイと聞いた事がある。次回はご遠慮願いたい所だが貴重品であり、そして何よりもあのアオの
嬉しそうな顔を見ていると、また取ってやりたいとも思ってしまう。
「先ずはあの着ぐるみの改良だな、それと意思の疎通、会話が最優先かな…… 」
それからしばらくの間、薄暗い部屋には独り言が充満していましたとさ。
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