第9話信心
「ばあさん !? ばあさん !! 」
「おう、おおぅ !? 」
ばあさんも何か異変に気付いたのだろう、今までにない速さで近づいてくる。
「何があった ? 」
「わからん……がスゴイ熱だ」
「ウム、こっちに運んでおくれ……冷たい水汲んで来てくれるかの」
アオの額に手をあてながら的確な指示を出してくれる。アオをベットに寝かせて顔を覗き込んでみると、息苦しそうに体全体を使って呼吸しながら唸り続けていて顔色も
更に悪くなっていて明らかに症状は悪化している。
「何しておる、ほれ!! 水を汲んで来ておくれ」
「アオは大丈夫なのか ? 大丈夫だよな !? 」
「わからん……前にも言ったがここでは自力で治るしかない。ワシらに出来る事は、
ほんの僅かなのじゃよ」
「いや、でも、しかし、その…… 」
混乱が止まらない。
「え~い、しっかりせんか !! とっとと水汲んでこい !! 」
竹水筒で尻をひっぱたかれて我に返る、ばあさんに会えて今まで一人で抱え込んでいた不安が溢れ出てしまった様だ。
「水だな、わかった」
竹水筒を数本抱えて走り出す、体はもうクタクタだがそんなこと言ってる場合ではない。実際水場まで最短記録でたどり着いた。水を汲みながら色々考え込んでしまう。
何かの病気だろうか……それともキズ口からバイ菌が入ったとか? とにかくあの
高温はマズイ、インフルエンザとかだったらどうしよう……ワクチンなぞ打っている
訳もない。
「ん? インフルエンザ ? 」
この俗世間から隔離されているこの場所にインフルエンザウイルスは存在するのだろうか、そもそも未知のウイルスがいてもなんらおかしくはない。
結局、頼れるのはばあさんの知恵袋と地底人の英知だけ、俺は全くの無力だった。
「やれる事をやるだけか…… 」
それしかない。
「ばあさん、水汲んで来たぞ」
これまた最短記録更新して家に戻ってくる。
「次は !! 次は何したらいい ? 」
「おう、それじゃその水を……」
「水か !!水汲んで来るのか !? 」
ばあさんは小さな溜息をつくと諭すような口調で話しかけてきた。
「少し落ち着け、子供が熱を出す事などよくある事じゃ」
「だって、だってさ !! こんな高熱マズイだろ !? 」
子供を育てた事がない、身近に子供がいなかったので唯々オロオロするばかり……
「大丈夫とは言い切れんが、今ここで騒ぐのはアオの体にも障るのではないか? 」
「……うん」
ばあさんが正しい。
「大体、ワシから見たらお前さんの方が心配じゃよ、全身血まみれで何があった?」
「エッ !? 血まみれ? 誰が? 」
ばあさんはまた一つ小さなため息をついて俺の事を見ている。気が付かなかった……
汗だと思っていたのは血だったのか。確かに崩落に巻き込まれかけたり岩場で何回も
転んでいる。泥や砂が全身にへばりついてパツパツに固まっている……ばあさんが
あれほど驚いたのは特殊メイクを施した俺のせいだったと今頃気付く。
「なんじゃこりゃぁ~~~ 」
ばあさんは定番ネタをスル~(知らない?)して話を続ける。
「ワシはアオを見んといかん、まだ動けるようなら体を洗って薬でも塗っとけ」
「わかった、そうするよ」
かなりの出血を確認した俺はすっかり血の気が失せて素直に指示に従うことにする。
竹水筒の水だけでは全身洗いきれないので温泉(仮)まで行くことにする。背中が
軽くなって少し安心出来たせいなのか、自身への疲労感が押し寄せてくる。
重い足取りで温泉(仮)に向かっていると、ここに来たばかりの頃を思い出した。
一人で歩いているとアオの存在の大きさをヒシヒシと感じてしまう。
アオが傍にいてくれたからなんとかやってこれた (それとばあさん)
アオが傍にいてくれたから周りの皆も受け入れてくれた (それとばあさん)
アオが傍にいてくれたから笑うことが多くなった (それと……保留)
「なんだよ……もう大好きじゃん…………早く元気になれよ !! 」
前方に灯りと人影が見えてきた、ギンの組が戻って来たらしい。
「ウオッ !? 」
俺の姿を見るなりギンが綺麗な顔に似つかわしくない声をあげる。あのギンがここまで驚くのだから相当な特殊メイクなのだろう。
「ギン、アオが…… 」
手と手を合わせて顔の横に置いて、アオが家で寝ているゼスチャーを試みる。普段は
俺のゼスチャートークなど見向きもしないのだが、今回は全てを理解したのだろう、
ゼスチャー其の弐を披露する前に走り出していた。
この間わずか数十秒……独りポツンと取り残されてしまった。
「うわ、キズ薬忘れた、それと着替えも…… 」
少し冷静さを取り戻してきたのがわかる、ばあさんがいてギンがいてそして他の皆も
心配事を分かち合えることがこれほど心に変化をもたらすとは……中年に差し掛かったこの年で初めて気が付く事もある。
温泉(仮)に到着するとカピカピボロボロになった服を脱ぎ捨てて、体にへばりついた泥や砂を洗い落とし始める。普段は熱い湯に浸かりたいなどと考えているが今回
ばかりはぬるい温度で助かった。ぬるい温度の方がゆっくり浸かる事が出来る。
改めて自分の体を見てみると、全身に切り傷、擦り傷があるのが確認できる。どうしたらこんな所怪我するのか不思議な箇所まで……幸い深い深刻な怪我はなさそうだ。
「怪我の功名かな ? 」
シ~ン………… イカンイカンなんだか最近ばあさんと口調が似てきた気がする。
締めのおやじ(おばば)ギャグとか…… 気をつけよう……
「ウェェェェ~~~~イ」
お約束の声を出しながらゆっくりと湯に浸かる、かなりピリピリするが我慢出来ない程ではない。しかし今日は散々だった、いろいろな最悪が固まってやって来た。
…… 慣れて来た頃が一番危ない ……
そんな言葉が頭をよぎる、昔車の免許を取りに行った時に教習所の教官が、そのようなことを言っていた気がする。アオをなんとか連れて帰り、皆に預ける事が出来て
安心したのだろう、温泉(仮)に浸かりながらくだらない妄想する位の余裕が出てきた……と同時に全身に痛みと疲労がどっと溢れてくる。この感じ、前にも経験済みだ
これはマズイ……墜、ちる……というか溺、れる…………
これは夢なのだろうか…… ふと目を覚ますとギンが膝枕してくれている。慈愛に満ちた表情でキズの手当をしてくれている。これこそ美少女ラノベのお約束、第一弾
の肩車イベント(失敗)に続く第二弾 !! 膝枕イベント発動中なのだろうか?
だがなにかおかしい、体が動かないし口も動かないが、ギンの筋肉質だがやわらかい
太ももの感触はリアルに伝わってくる。それにこれほど優しい表情のギンは見たことがない、例えるならアニメ、ゲームに出てくる女神様の様に美しい。
恥ずかしながら膝枕してもらうのは人生初(除母親)、もう夢でもリアルでもどちらでもいい。まったく男はこれだから……などという声が聞こえてきそうなのだが、 幸せなんてこんなものだと思う。マズイ、また意識が遠のいてきた。
……神様、もう少しだけ膝枕を……
都合の良い、不信心物の願いなど叶うわけもなく墜ちていく……
「MASSA…… !! MASSA…… !! 」
うっすらとアオの声が聞こえる……夢の続き、次はアオバージョンだろうか。
「MASSA…… !! MASSA…… !! 」
今度ははっきりと聞こえた、急いで目を開けると目の前にはニッコリと微笑んだアオが俺の事を覗き込んでいた。
ムギュッ
あまりの可愛さに本能の赴くままギュッと抱きしめてしまう。
「あれ? 」
何? このリアルな感触? 最近の夢ってリアルなんだな、おじさんビックリだよ。
現実逃避の甲斐もなく昔のやらかしがフラッシュバックする。またやっちまったか?
ムギュッ
今度はアオが小さな手を大きく広げて俺の事を抱きしめてくれる…… 夢か? ♡
やっぱり夢なのか? ♡ こんな夢が続くならず~っと寝ていたいくらいだ。
「おう、起きたか」
ばあさんだった…… 一気に現実に引き戻される、心なしか体も痛い。
「ばあさん………… (呆) 」
……ということはリアルでアオが抱きしめてくれているのだ。
「どのへんまで覚えているかの? 」
「ん~~~~確か体を洗いに行って、湯に浸かって……くらいまでは覚えている」
「ウム、その後ギンが溺れかけたお前さんを拾い上げキズの手当もしてくれた、今度
会ったら礼の一つも言っておけよ」
ということは、あの膝枕もリアルだったのか……
「それで、アオは大丈夫なのか? 」
いまだ抱きついたままのアオに問いかけてみる。アオは満面の笑みを浮かべて返事
してくれた。
「MASSA…… アリ……ガト ♡ 」
ありがとう……なんと素晴らしい言葉なのだろう、バイト先では形式的に
「あっしゃしゃしゃたぁ~ 」
などと原型を留めない物言いで済ませていた。加えてアオの満面の笑顔。
嬉しいというか気恥ずかしいというか、なんとも背中辺りがフワフワする感じ……
いいものだ…… うん。
「もう大丈夫なのか? 」
「ウン」
額に手をあてても嫌がる事もなくニコニコしながら返事してくれた。
「お前さん三日も寝ておったのじゃぞ」
「三日も? か…… 」
「まあ、こないだは大変じゃったからの、よう頑張ったわ」
「ああ」
まさか三日も寝ていたとは……全く記憶が飛んでしまっている。因みにアオは二日で回復したらしい、これが年の差と言ったところだろうか。
「今回はワシも反省しておる、この娘の体調にまで気が回らんかった」
「俺もだ、なんか違和感はあったのだが、熱があるなんて考えもしなかったよ。
今までアオに頼りすぎていたと反省している」
アオはというと会話の内容は理解出来ていなさそうだが、だっこちゃん人形状態で
俺にはり付いてニコニコしている。
「そういえば、さっきアオが、ありがとうって…… 」
「ああ、ワシが教えてやった、お礼が言いたいと言うのでな」
ばあさん…… Good Job !!
「まあ二、三日は様子を見よう、寝ておれ」
「いや大丈夫、もう動けるぞ」
「ダメじゃ休め !! 無理はイカン……絶対にな !! 」
「はい、わかりました」
ばあさんにしては珍しく厳しい口調に、素直に従うことにする。
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