第7話家

 これは夢だ……夢に違いない……

今日は俺の誕生日、目の前に大きなホールケーキが鎮座している。アオとギンが楽しそうにケーキにローソクを立てている。二人とも感情豊かなので観ていて飽きない。

そう言う俺自身もここに来てからは表情が豊かになった気がしている。何しろ意思を伝える唯一の伝達手段なので、必死でヘン顔連発している。地上にいた頃はまったくの無表情、一日に一言も口をきかない事すらあったのに変われば変わるものである。

気が付くと大きなバースデーケーキには何十本ものローソクが刺さっていた。ギンが

笑いながらローソクに火を付けようとしている……おいおいそれに火をつけたら……

イヤな予感が的中する。

「オ~~~~~~~!?」  ×3

火柱……目の前にあったケーキが火の玉になってしまっている !?

「これマズイ……火事…………」


 ここで目が覚める、やはり夢だった。おねしょしてないよな?

鹿の解体から戻って来てそのまま眠りこけてしまったのか、記憶が曖昧だ。

「ローソク……か」

思わず口に出てしまう……宝箱に入っていたローソクが頭から離れない。どうして 現代人がローソクを選択したのか……ひとつ思い浮かんだのがオカルト用途、呪いの

儀式とか召喚魔術に使用するため? イヤイヤここは現代、魔法、魔術なぞ存在していない。山奥のさらに奥、ましてや立ち入り禁止の坑道まで入り込んで丑の刻参りも

ないだろう。となると…………

「映えか !? 映えなのか !! 」

思わず声に出してしまう、確かに冒険、ダンジョン感を出したいのなら明るいLEDランタンより、何本ものローソクが並んでいることでより雰囲気が増す。

つまり、それっっぽい写真を撮る為の小道具だったのではないか。現代人恐るべし。

 そういえばこの家にも手作りのローソクが存在している。それと時代劇に出てきそうな油を使った灯りも……どちらも消耗品だがどうしているのだろうか。

「おう、目が覚めたかい」

ばあさんがいつも通りの定型文で声を掛けてくれる。

「俺……解体から戻って来て……寝ちまったのか? 」

「ウム、戻ってくるなりバタンキュ~じゃったわ、ご苦労さん」

「そうか、なんとか自力で戻って来れたんだな、よかったよ」

「ついでに天下物まで見つけたそうじゃな、お手柄じゃ」

ばあさんの手にはあの宝箱があり、嬉しそうに天下物を一つ一つ取り出しては眺めている。確かにここでは宝物と言っていい品々だ。

「そのナイフ、ギンがえらい欲しがっていたぞ」

「ウム、ギンが戻ってくるなり言われたよ、長が戻ってきたら荒れそうじゃ」

さすがギン、抜け目がない。ここでは天下物の扱いに関しては長を中心に話し合いで決められるが、腰に下げているペットボトルといいギンはそこら辺の要領がいいの だろう。若いがチームリーダーを努め人望もある、まあ他人との衝突も多そうだが。

「それとその白い袋、アオが気に入っていたな」

「ああこれな、便利なのじゃがすぐ破けてしまう、もう少し丈夫だといいのじゃが」

「すぐに捨てるの前提だから…… 」

「なぜ捨てる?勿体ない」

返す言葉が無かった…………

「ひとつ聞いてもいいかな? 」

「なんじゃ」

「ここローソクあるよな手作りのやつ、ばあさんが作っているのか?それと油の灯り 

 ……まさか石油が取れるとか? 」

「石油はないのぅ、ローソクは手作りじゃ。その内お前さんにも作ってもらうつもり

 じゃ、油は……そうじゃの……椿の木わかるかい?その木の実から油が取れる」

確かお相撲さんが髷を結う時に使う……鬢付け油だったか?

「やっぱり手作り? 」

「ここにお店はないからの」

「うん、そうね……しかしばあさんは凄いな、何でも知っているし何でも出来る」

「ワシが地上にいた頃は何も無かったからのぅ、あったとしても貧乏で何も買えんし

 じゃったら自分でなんとかするしかなかろうよ」

「そうだけど…………」

ばあさんがここに来て約半世紀、今の地上を見たらどう感じるのだろうか。

「石油は取れんが塩は取れるぞ、それとお前さん、食べられる土があるのは知って

 おるかい? 」

「土って土 !? 土って食えんの !? 」

「ああ、ワシもここに来て初めて知ったよ甘いの塩っぱいのいろいろじゃ、料理の

 隠し味に使っておるよ」

隠して正解……すでに俺も食していたらしい…………

「あの……それ食べて大丈夫なのか? 」

「わからん、じゃが毎回味無しでは味気なかろう」

ウマイこと言ったつもりか? ばあさん……

「まあ永いことここに住む者達の知恵と言ったところかの」

「ん~~~まあ旨いっちゃあ旨いのだけど……な」

「郷に入っては郷に従えじゃな !! 呵々 !! 」

思わぬ天下物に驚くアオ達と思わぬ添加物に驚く俺、未知との遭遇異文化コミュニケーションと言ったところか。

「さてさて、メシの準備じゃ……今夜は肉祭りじゃ !! アオ達を手伝ってやれ」


 アオ達の所に行くと肉祭りの準備真っ最中だった……俺、手伝う……いつものゼスチャートークで話かける。ギンは……何やってんだコイツ……みたいな顔をしているがアオは理解してくれた。さすがリーダー ♡

「ン……」

アオは鉄製のナイフ(の様な物)を俺に渡すと直ぐ横を指さした。そこにはレンガ、

いや書道で使う硯の様なものが置いてあた。……????? ………どうしろと ?

「アオ~~~~~? 」

最近習得した泣きつき作戦で助けを求めてみる。

「ギン !! ○×△□※…… 」

様子を見ていたアオがギンに声をかける。ギンは……しょうがね~な~……といった

顔つきで俺の横に座り込んだ。そして手に持っていたナイフ(の様な物)を石に擦り

始めた。

「あっ !! 刃物研ぎ、これ砥石か !! 」

天然の砥石、初めて見た……もちろん刃研ぎもやったことはない。ギンは慣れた手つきで刃研ぎを始める。アオも刃物に関してはギンに任せた方が良いとの判断したの

だろう。時々砥石に水をかけたり、爪を刃先にあてがって切れ味を確認している。

観て覚えろということか……ものの数分で満足のいく仕上がりになった様だ。

「ン !! 」

ギンが砥石をこちらに差し出してくる、やってみろという顔をしている。もう講習は

終了していた……この師匠は厳しい。やらないという選択肢は存在しないので人生初となる刃物研ぎ挑戦である。それにしてもこの包丁(の様な物)は、元々何だったの

だろうか。鉄製の定規だろうか……ここに来るまでは包丁ではなかったのは確かだ。

「え~と……こんな感じかな……っと」

見よう見まねで刃研ぎを始めるが、物凄く居心地が悪い。今自分がやっていることが 

正しいのか間違っているのかそれすらもわからない。チラリとギンの顔を見ると少し

眉間にシワが寄っている……綺麗な顔が台無しだ。しばらくの間息苦しい時間が続いたがやがて大きなため息をついたギンが俺の肩をトントン叩いてくる。俺から包丁を

受け取ったギンはいきなり包丁をギュッっと握って見せる。

「あっ !! 危な………… 」

くなかった……まったく切れていない。どうやら刃研ぎをしているつもりで刃落しを

してしまったらしい……ギンが研いだ物と比べてみると一目瞭然、例えるならギンの

刃は日本刀、俺の刃はファミレスでハンバーグを食べるときに出てくるナイフ並。

試しに実際に肉を切ってみたが、ギンの刃は力もいらずサクサク切れる、俺の刃だと

肉がニゲルニゲル……刃が入っていかず押し切ることすら出来ない。

「スゴイな !! ギン !! 」

素直な感想を伝えると、ギンは少し照れたかんじな顔をしていた。それからのギンは

刃先を砥石に当てる角度など細かい所までつききりで教えてくれた。かなりの時間を

要してしまったが、なんとかギンに合格をもらえるまでに仕上がった。

「よ~し、アオ、俺も手伝………… 」

いなかった……肉もない…… どうやら次の工程に移ったのだろう。とにかく一刻も早く肉を食べたいのだろう。


 ばあさんがいっていた通り、夕食は肉祭りとなった。焼いた肉に香草がはどよく効いた臓物を使ったスープ……もちろん例の調味料も使われていることだろう。

「いや、ウマイよ……ウマイんだけどなぁ~~~」

ブツブツと独り言を呟きながら肉にカブリつく。心なしか皆のテンションも上がっている、これほど豪華な食事は早々ないのだから当然か。食事の後、あのナイフの件で

ギンと長の間で一悶着あったのだが、その話はまた別の機会に…………


「MASSA !! MASSA !! 」

アオが馬乗りになってペシペシと起こしに来てくれる。

「おはよう、アオ」

「オハヨ……ウ ? 」

最近少しずつだが言葉を返してくれる。以前、ボロゾーキンと例えた事があったが、

ここに来てからやたらと眠りが深くなった気がする。おそらくだが、起きている間は

動き詰めなせいだろう。昔からの習慣が時々顔を出す時がある、今何時なのだろうと

辺りを見回す。常に肌身離さず持っていたスマホは手元にない……ここに来た時には

すでに紛失していた。仮にあったとしても充電出来ないし、地上でも電波が届かない

エリアなので役に立たない。唯一時間を感じられるのが中庭に行った時位だ。

「おはよう、ばあさん」

「おう、起きたか」

いつも通り、ここから一日が始まる。

「ひとつ聞いてもいいかな?」

「なんじゃ」

「ばあさん、ずっとここに居るけど時間の感覚とかあるのか? 」

「必要か? それ? 」

「いや、そう言われるとそうなんだけどさ……なんだ、体調の面とか……」

「ウム……皆が動き出したら朝、皆が帰ってきたら夜じゃの、あとは自分の腹かの」

「体内時計というやつか」

「まあ、なんとかなるものじゃよ! 呵々」

それって、ばあさん専用の特殊スキルなのではないだろうか……

「さて、お前さん達二人には天下物の捜索に出てもらう。この間鹿を取った場所の

 道順は覚えておるかの? 」

「まあ…… 大体は覚えている」

「あの辺りでまた崩れたらしいから見てきておくれ、今回はギンがおらんから充分に

 注意するのじゃぞ」

「了解だ、ばあさんは何か欲しい物とかあるのかい? 」

「ウム、欲しい物ばかりじゃがない物ねだりしても仕方あるまい、そうじゃな……

 針金、縫い針、千枚通しあたりかの」

「千枚通しってなに? 」

「なんじゃ知らんのか? お前さん今まで何して生きてきたのじゃ? 」

そんな事言われても…………

「まあ、穴を開ける錐の様な物じゃな、あと釘もありがたい」

錐ならわかるが千枚通しって皆知ってるものなのか?

「なんとなくだがわかったよ、針状の物だな」

「ウム、古い物は錆びてしまっていてほとんど使い物にならん……まあそう都合良く

 は行かんじゃろうが宜しく頼む」

「よし !! それじゃあ行こうかアオ !! 」

コクリと頷くアオ。

ん? アオの様子がいつもと違う感じがする、いつもより、こう、なんというか……

艶っぽい…… ついに俺にも新たな目覚めが、いやいやいやいや……せっかくここ迄

信頼関係を築いてきたのに超展開分岐ルートに進む訳にはいかない。

「それじゃあ行ってくるよ !! ばあさん」

頭を振りながら暴走しかけた脳を現実に引き戻す。

「おう、気をつけて行ってこい !! 」

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