第5話トラウマ

「おう、戻ったか」

ゼェゼェ(荒呼吸)……ゼェゼェ(荒呼吸)…………オエッ……

なんとか戻ってきたが声も出ない、ボロゾーキン状態其の弐である。

「アオもご苦労じゃったな」

ばあさんにイイコイイコしてしてもらいニコニコしているアオ、初任務完了である。

「メシ迄休んでいるといい」

「そう……ゼェ……させて……ゼェ……もらう……わ……」

それから一体どれ位寝ていたのだろう、もともと時間の経過が分かりにくい環境で

あるが相当な時間寝ていたのではないか。

「おう、起きたかい」

目が覚めて辺りを見回すとアオとばあさんがツル紐を編んでいた。

「起こしてくれたらいいのに」

「まあ徐々に体を慣らしていけばよいよ」

「おはよう! アオ!」

手を軽く挙げてジェスチャー込みで挨拶してみる。アオは手を挙げて軽く頷いてくれた。ジェスチャー作戦有効である。

「おうそうじゃ……これ天下物なのじゃが……ワシには懐中電灯に見えるのじゃが

電池を入れる所がない、なんじゃこれは?」

ばあさんが差し出した物は、ソーラー蓄電と手回し充電式懐中電灯だった。

ここには電池のストックなどないだろうし太陽光もないが、手回し充電は使える。

最近作られた物だろう。

「ああ、これは電池がいらない懐中電灯だよ……この黒い部分に太陽の光をあてる

 か、このハンドルを矢印の方向に回して……と」

ハンドルを矢印方向に回すとLEDランプが点灯する、壊れてはいないようだ。

「オオォ~~~○×△□※」

アオが目をまん丸にして明かりを見つめている。確かにこの場所においてこれほどの

便利アイテムそうそうない。

「これ最近の物だけど、どうしたんだ?」

「ああ、ここ最近天下物が増えてきての、しかもワシにはよく分からん物も多い」

地上の冒険者達の忘れ物か……それとも崩落に巻き込まれたか…………あれ?……

「あの……天下物と一緒に仏さんもいたりするのか?」

「ああ最近は聞かんが何度かあったな、まぁワシらに出来るのは埋葬してやること

 ぐらいじゃがの」

地上から落ちてきて生きている方が珍しいのかもしれない。

「さて、お前さん達二人には外に行って食料を取ってきてもらいたい。そうじゃな、

 フキ、ヨモギは分かるかい?」

ばあさんはアオから懐中電灯を取り上げながら次の任務の指示をだす。どうやら長より凸凹コンビの監督を任されているらしい。

「ああ分かるよ、俺がここに初めて来たとき体中に貼ってくれた葉っぱだろ?」

なんでもフキの葉、そしてヨモギには血止めの効果があるとの事。アオが体中にペタペタ貼り付けてくれていたのを思い出す。それと名前は忘れたが自然素材の湿布剤も

作ってくれた。

「フキは葉も茎もじゃ、作りたいものがある。全部は取り尽くすなよ、半分だけ頂戴

 するのじゃ」

「茎はよく食べるから分かるけど葉っぱは何に使うんだ?皿にするとか?」

「フキとヨモギで虫除け剤を作ろうかと思っての、そろそろ準備せんと……」

おばあちゃんの知恵袋全開である。

「ほれ、とっとと出発の準備せんか」

「その懐中電灯持って行ってはダメかな?」

「ウム、一番明かりが必要なのはお前さんじゃが……先ずは長に見せてからじゃの」


「それじゃ行こうか、アオ」

意味不明なゼスチャーを織り交ぜながら声を掛ける。アオはコクリと頷き一緒に歩き始める。言葉は通じなくてもコミュニケーションが取れている(?)のは素晴しい。

今、凸凹コンビが歩いてるのは自然に出来た鍾乳洞である。かなり地下深くであり、

人間が掘り進めた坑道は現在位置よりかなり上に位置している。とにかくよく崩れるらしく、アオはまだ行かせてもらえないそうだ。もちろんこの場所も安全とはほど遠いのだが……。小さな手足を巧みに使い、岩場を物ともしないアオに後れまじと必死について行くが、これが経験の差というものか……ペース配分が出来ずすぐバテる。

「アオ! 休憩、休ませてくれ!!」

通じてはいないだろうがタイムのポーズをとってみる。するとアオは俺の所まで戻って来てくれて横にちょこんと座った…………通じているのか?

 その後も休み休み、結局は俺のペースで目的地に到着する。

「やっぱりシャバの空気はウマイぜ !!」

などとお約束のセリフを吐きつつヨモギ摘みを始める。アオはというと少し離れた茂みをずっと見つめている。それはまるで異世界を見つめるネコいやタヌキの様に……

「アオ ?」

俺の問いかけに反応したアオは一緒にヨモギ摘みを始める。手を動かしながらも心、此処に非ず……ヨモギやフキをばあさん謹製籠に詰め込みながら、チラチラさっきの

茂みのほうを気にしている……一体?

「こんなモンかな」

そう話掛けてみたが、アオはあの茂みが気になってしかたがないらしい。

「MASSA……」

いきなり声を掛けられて驚いたが更に手を引っ張り茂みに向かって歩き出した。

「アオ ?」

「シ~ !!」

唇に指をあてて 静かにしろ というジェスチャー……何かあるらしい。息をひそめて茂みの中に入っていく。アオの小さな背中に緊張感が漂っている。進む先の茂みで

ガサッ という音とともに枝葉が揺れたのが分かった。何かいる……

アオがこちらに振り向き、手錠を掛けられてもがいているポーズを取った。

「ププッ !!」

思わず吹き出してしまう、真剣にやっているのでなおさら可愛らしい。

「シィ~~~~」

リーダーにたしなまれてしまった。抜き足差し足忍び足息をひそめて茂みに近づく。

いた……くくり罠に何か掛かっている…………ウサギだ……

「ウサギだ !!」

「ウ……サギィ?」

罠に掛かったウサギを指さし、ウサギウサギと連呼する。自分で仕掛けた罠ではないが興奮するものだ。

「謎肉、GETだぜ !!」

などと無駄に興奮していた俺に、いきなり昔のトラウマが押し寄せてくる。子供の頃に見てしまった光景……鳥を捌いていたじいちゃん、そして寂しそうなあの笑顔……

生きたウサギを処理して肉にする……大人になった今でもその事実に向き合うのに 躊躇してしまう。なにしろお肉というものはパックに入っていてスーパーで購入するものだ。そうして今まで生きてきたが今は違う、全てのことを自分たちでやらなくてはいけないのだ。やるべき事をやらねば肉を食べる資格はない。


いや、しかし…… でも……


ドゴッ !! ガスッ !!

遠くを眺め現実逃避していた俺は慌てて衝撃音がしたほうに振り返る。あの衝撃音は

アオが罠に掛かったウサギにトドメをさしていた音だった。命を頂く、肉を食べるという事はこういう事……小さな背中がそう教えてくれている様だった。

負うた子に教えられたかな…… (まだオンブした事ないけど)

アオに近づき肩をトントンとたたく。

「アオ、俺、血抜きする」

指先を首に近づけ首を切るジェスチャーをしてみる。アオはコクリと頷き少し離れた所を指さした。ここでやるなということか。

元々は絶対ナイフではなかったであろう鉄製ナイフとウサギをもって歩き出す。ふと

振り返るとアオがトラップの再設置を始めていた……小さな女の子だが知識、技術、体力、全てが俺より勝っている。そして可愛いい♡ ウチのリーダー最高です。

 半泣き顔で血抜きしているとトラップの再設定を終えたアオが近づいてくる。すると俺の顔を見るなり指さしながら笑い出した……変な顔といわんばかりに。そして俺の肩をコクリと頷きながらポンポン叩いてくれた、それでいいよと…………

「今日のご飯は肉かな!? 肉!!」

ウサギを指さしながら声を掛けてみる。

「肉ゥゥゥ~~~♡」

ニコニコしながら返事を返してくれた。肉が大好きなのかな?アオが名前以外で初めて発した言葉は 肉 でした。

 体が慣れてきたというのもあるのかもしれないが、大収穫となった時の帰路は足取りも軽く最短時間での帰宅となった。

「おう、戻ったか」

アオは早速仕留めた獲物をばあさんに見せている。こういう時の彼女は甘えん坊で、

イイコイイコされたくて仕方がないらしい。ばあさんも褒めて伸ばす方針の様だ。

「あの謎肉、ウサギだったんだな」

「いやウサギだけではないよ、鹿、猪、熊、捕まえた四足動物は皆食うぞ」

「熊って……」

「大型動物用の罠も設置してある、かなり凶暴な仕掛けだから不用意に近づくなよ」

「いや近づくなって、罠なら分からないように設置してあるのだろ!!先に教えて

 おいてくれよ!?」

「ウム………………ウム……」

どうやらそこまで考えが回らなかったばあさんでした…… (って最優先でしょ!)

「お前さん初の獲物じゃ、自分で捌いてみるかい?」

強引に話を変えてきたばあさん……エッ!? 俺が捌くの? 昔のトラウマにケリを

つける時が来たようだ。

「分かったよ、やりかた教えてくれ、ばあさん」

 食事の席にウサギ肉のスープが振る舞われた。アオは皆に声を掛けられてご機嫌、

一方俺の方はというと精神的ダメージの回復にとまどり一人ゲンナリとしていた。

それでもウサギのスープは全てたいらげた……おいしかった……


 我ら凸凹コンビは、二、三日に一度のペースで外回りに出かける。最初は警戒して

一定の距離をあけていたアオも隣を歩いてくれるようになっていた。多少の信頼回復は出来たのだろうか。会話が成り立っていないのは相変わらずなのだが、喜怒哀楽を

強調しながらの単語とゼスチャーでなんとかなっている。

アオはゼスチャー、なかでも変顔が大好きなのが判明、話掛けられる(変顔)のを

楽しみにしてくれている気さえする。俺は知る限りの芸人ネタをパクりまくって彼女に披露する。彼女は訳も分からずなのだろうが、キャッキャウフフと喜んでくれる。

なに !? この達成感 !!  (パクリだけど……)


 今日はツルを編み込みロープ作りをする。植物のツルを何かと合わせてグツグツと煮込むとしなやかで強度のあるヒモになる。これを縒り合わせてロープにしていく。

この技術もばあさんの知恵らしい……ばあさんはこれらの知恵を駆使することで、

ここに居場所を作ったのだろう。実際、皆からも長と同等の扱いを受けている。片や

天下人見習いの俺はというと、ここで最年少のアオと仲良くヒモを編んでいる。

他の者達から見たら、見習いの見習いという立ち位置だろうか。まあ今はやれる事を

やるだけと開き直るしかなかろう。

「MASSA…… メッ !!」

ちょくちょくアオにダメ出しされてしまう。ダメのダが抜けていて、もう赤ちゃん

プレイ状態だ。

「ここをこうして……こうか !? どうよ、アオ !!」

「ウン」

ニッコリ笑うアオ、どうやら俺のことは褒めて伸ばす方針らしい。

「ちょっといいかの? こっち来とくれ」

ばあさんに声を掛けられる、どうやら緊急案件の様だ。二人でばあさんの所に行くと

そこにはギンの姿もあった。アオはギンの傍にトトトと駆け寄り抱きついている。

「ギンの組が天下物、鹿を見つけた。肉がダメになる前に確保したい」

「OKだ、運び屋要員ってとこだな」

「ウンニャ、お前さん達は鹿の解体、特に皮剥ぎじゃな、解体は場数踏まんとの」

数をこなせば精神的ダメージは減らせるのだろうか。まあ拒否権はないが……

「鹿は初めてだ、正直お手上げだよ」

「ギンに習うといい、若いがウマイもんじゃ」

ギンと聞いて俄然やる気が出てくる!! 我ながらどうなんだこれ…………

アオはギンにピッタリと貼り付いている、一緒に出かけられるのが嬉しいのだろう。

「崩れやすい所だから充分に気をつける様に、それと何か使えそうな物があったら

 持ってきてくれ」

ばあさんの一言で難易度が数段UPしてしまった。見習い天下人、初任務である。

「さあ、気をつけて行ってこい !!」

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