第3話天下人
地底人? 俺が天下人?(只、落ちてきただけ)マズイ、理解困難な新語が次から
次と流れ込んできて頭がクラクラしてきた。聞きたいことは山ほどあるのだが……
「俺は地上に戻れるのか?」
「なんともいえんのぅ……ここには医者もまともな薬もないからの」
「……」
「今は自力で体を治すことに専念するんじゃな」
薄暗い部屋のせいでばあさんの表情までは分からなかったが、状況はよろしくない事
だけは分かる。どうしたもんだこれ!? 朦朧とした意識の中で新規情報の処理がおいつかない。唯一稼働していた脳がフリーズする……再再気絶……
高温にうなされながら相当な時間寝ていたはず、もうあれから何日たったのだろう
そもそも昼夜のない地下では日時の管理はどうしているのだろうか……などとそんな
余計なことを考えられる位には回復してきている。
そんな俺の事をずっと看病してくれていたのはアオだった。明らかに警戒MAX、イヤイヤなのは表情を見れば分かるが年長者の命令は絶対らしい。少し前に口をへの字に曲げて涙目で抗議しているのを見かけたことがあるが、それでもちょこちょこと動き回り献身的に面倒見てくれている。俺の生命がつながっているのはこの娘のお陰、
是非感謝の ムギュ♡ をしてやらねば!!
寝ている間に分かってきた事がいくつかある。まずここはばあさんとアオの二人きりというわけではなく、十数人で共同生活していた。地上から落ちてきた(天下人)は俺とばあさんだけで他は地底人、アオの一族である。見た目はアオと同じで白金の髪白い肌、どこかはかなげな美男美女が多い。見た目のせいか平均年齢は若く感じるし長にも会ったが四十代位に見える。それとアオに姉がいた。名前はギン、年はJKぐらい、ここでは一人前扱いされている。名前の通り、銀色に輝く髪と瞳を持つ切れ長美人さんである。動物に例えるならキツネ系、アオはタヌキ系といったとこか。
地底人といっても宇宙から来た訳ではないし、ましてや異世界から転生されて来た訳でもない。現代人からしてみればかなり原始的生活と言ってもいいかもしれないが
地上で作られたと思われる物がかなり存在している。
食事の味付けは基本塩味だが、謎肉が入ったスープ、謎の食材お団子などをふるまってもらった。食器は竹製の物が多い。衣服はなめした獣の皮と麻袋の様な質感の布を
パッチワークして着こなしている。地下は温度が安定しているので厚着は必要ないらしい。
杖をつきながらならなんとかヨチヨチ歩けるまで回復した今、最大の楽しみは少し離れた所にある温泉(仮)だ。温泉はちょっと言い過ぎか……地下水脈の中に温めの温水脈があって滝壺で体を清められるしケガにもいいらしい。まあ温泉と呼んでいるのは俺だけなので(仮)をつけておく。アオはというと付かず離れずではあるが律儀に付き添ってくれる。未だ会話の一つもない……というかそもそも言葉が通じていない。外国語でもなく方言や訛りを凝縮させた感じでお手上げ状態だ。
「ついたぁ~」
休み休み、ヨチヨチ歩きで小一時間、いいリハビリである。今日は先客がいる……
「オウ、来たか」………………………… ばあさんだった。
せっかくの入浴シーンなのにガッカリだよ……こういうときはアオのお姉ちゃんとかが適役でしょうに……いつもより念入りにツッコミを入れる俺がいた。
「ここの湯は万病に効くからのしっかり浸かれ」
「確かにケガの治りが早い気がするよ」
何の躊躇もなくばあさんとの混浴タイムスタートである。ここに来てからはとにかく
迷惑かけっぱなし、世話になりっぱなしなので恥ずかしいとかプライベートとかそういったものが全て吹っ飛んでしまった。アオはというと、少し離れた所で洗濯を始めている。出来た娘だ ♡
「聞いてもいいかな?」
「なんじゃ」
「アオと会話したいのだけれども」
「すればよかろう」
「だから、言葉が通じないんだよ、ばあさんは普通に会話してるよな?」
「呵々、ここには長くいるからの、単語を並べているだけじゃな、後は適当に身振り
手振りでなんとかなるもんじゃよ」
単語を並べるか……小学生の頃に読んだ伝記を思い出す。確かヘレンケラーだったか
水を触りながらウワタァから初めていたっけ。アオと仲良くなる為だ、是非今度試してみよう。
「それで、お前さんどうするか決めたのかい?」
「どうするって?」
「ここを出て地上を目指すのか、それともここで生きていくのか」
「ん !? ん !!」
いきなり最重要分岐選択きてしまった。
「ばあさんは地上に戻ろうとは思わなかったのか?」
「ウム、知っての通りここは地盤が脆い、落ちるのは簡単じゃが上がるのは命懸けに
なるじゃろう」
「確かに」
「ワシのようなかよわい娘にはキビシすぎる」
ココはスルーで……
「命をかけて戻ろうとは思わなんだな、ここの居心地が良かったというのもあるが」
「ん~~~~」
地上に戻りたいという気持ちは当然ある。コンビニスイーツ、ジャンクフードが恋しくて恋しくて夢に出てくる程だ。家族も心配しているだろうし、バイトも無断で……
あれ ? ちょっと待…… いやいやいや…… あれ ?
俺が地下に落ちてから何日経っているのだろう。二週間?どころか一ヶ月以上経過しているかもしれない……
…………終わってる。地上界の俺、終了している…………
最早、地上界は俺にとって異世界になってしまったらしい。
「どうしたもんだ?これ……」
頭を抱えながらブツブツと呻いている俺に気付いたアオが心配そうに見つめている。
取り敢えず深呼吸する。 一回、二回、三回……
温泉からの帰り道、何かを敏感に察知したアオはいつもより半歩近づいて心配そうについてきてくれた。おもむろに振り返り頭を下げながらアオに話しかける。
「アオ、いつもありがとな」
いきなり振り向かれ驚いたアオは小首を傾げてキョトンとしている。
「やっぱり通じないか、まあいいや、帰ろうアオ」
コミュニケーションとしては成立していないが勝手に一方的に話しかける事にした。
何故か少しだけスッキリしている自分がいた。歩きながら自分を指さして
「俺、真貴 俺、真貴」
名前を覚えて呼んでほしかったのだが、アオはいつもの距離、警戒モードに戻って
しまっていた。残念……
家に戻ると先に戻っていたばあさんが食事の準備をしていた。
「ばあさん、ちょっといいかな?」
「ウム、どうした」
「戻る戻らないは置いておいて世話になった礼はしたいと思っている、俺になにか
出来る事はないかな?」
「ウム……」
少し考えながらばあさんが言葉を続ける。
「ワシは見ての通りもう無理が利かなくてな、幼いアオと留守番しながら服の繕い
くらいしか出来なくなってしまった」
そう、ここに残っているのはアオとばあさん(と俺)、他の者は食料などの確保で
いつも出かけていて、数日戻らないこともよくある。
「出来れば天下人の役目を引き継いでもらいたいのじゃが」
天下人
実に格好いい言葉であるが、ここでは地上から落ちてきたマヌケのことを指す。
「天下人の役目ってなんだい?」
「ウム、地上の技術を持ち込んだり、天下物の見極めをする」
「添加物?」
「生きた人間が落ちてくるのは稀じゃが崩落でいろいろな物が落ちてくるのじゃよ
自然の草木、坑道に残っていた人工物とかの」
生きた人間って……
「その天下物の使い方や流用方法を考える役じゃな」
なるほど……ここ地下深くには存在しない物がたくさんあるのはそういうことか。
「なんと言っても刃物じゃな、それと針金、ロープ、ガラスの欠片などは皮をなめす
のに重宝するの」
「竹は良いぞ、食器に家具いろいろ作れる」
つまり崩落のあった所からお宝をゲットして再利用するということか。
確かにばあさんには少しキツイ仕事かもしれない。
「分かった、杖なしで歩ける様になったらやってみるよ」
「ウム、長が戻ったら話しをしてみよう、アオもそろそろよかろうて」
アオを眺めながら意味不明ことを言うばあさんだった。
「そういえば今更なんだけど、地下で火とか大丈夫なのか?その酸欠とか……」
「逆じゃよ、火の燃え具合で危険を判断しておる」
「そうなのか……知らなかった」
「ここは幸い穴や亀裂のおかげで空気は動いている様じゃからの、とは言えいきなり
爆発という可能性がないわけではないから注意は怠るなよ、あと硫黄の匂いもな」
硫黄……硫化水素だったか?……温泉?……ん?
「さっき温泉にヨチヨチ歩きで行ってきたばかりなのだが」
「アオが一緒について行っただろう、地下の者達は空気の流れ、音、匂いに敏感じゃ
伊達にこの環境で生き延びてはいないということじゃ」
特殊能力ではなく経験則ということなのだろう。
環境に適応した者が生き残る、進化論のお手本の様な場所だった。
長を始め全員が揃ったのは二日経ってのことだった。全員車座なり家族(?)会議が始まる。議題はもちろん俺の事、長とばあさんが二人で長いこと話し込んでいた。
やはり話の内容はちんぷんかんぷんなのだが、その間他全員の視線が俺に集中する。
その視線に耐えかねた頃、やっと長が口を開いた。
「○×△□※…………」
話が進むと全員がザワツキそして全員がアオの事見ている。
アオはばあさんの横にチョコンと座っていたが、長の話が終わる頃には口をあんぐりさせて白目を向いて固まってしまった。一体何を言われたのか……
「長と話をつけた、お前さんはアオと二人で天下物の収集を頼みたい」
「アオと二人で……」
アオの絶望人形ぶりは少し気になるがここで関わっていたのはアオとばあさんだけ、
少しホッとしている。
「アオもそろそろ外に出ていい年じゃがそうそう無理はさせられん、そしてお前さん
も一人では無理じゃ、二人で一人前というところかの」
「でもアオは……いいのか?」
「アオも外に出たいと言っておったしの、力を合わせていい仕事期待しとるよ」
「○×△□※…………」
突然声を上げる者がいた。アオの姉、ギンである。
「○×△□※…………」
激しい口調からすると反対しているのだろう
「○×△□※…………」
長は諭すような口調でギンに話しかけている。ギンは納得はしていなさそうだが小さく頷いて黙ってしまった。やはりここでは長の権力は絶対らしい。
まったく納得していないギンと未だ呆けているアオ、個人的には一番仲良くなりたい
二人なのだが……ここは一つ一つ信頼を重ねていくしかなさそうだ。
ここに最弱凸凹コンビが誕生した。
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