第34話 アデルさんの考察
僕の思惑通りに、まず次の日の昼間ジェイが顔を出した。
「お~、久しぶり。」
気まずそうに頭を掻きながら入口から中を覗く。
「こんにちは。すいません、今晩は食事出せないですよ?」
黒板にも✕とかいてあったけど一応断っておく。
「ああ、いいんだ。そうじゃなくて、これ。料理に入ってた貝だったんだな。」
そう言って入口の両脇に置いてあったランプを指差した。
「そうなんです。光虫貝と言って昼間の光を溜め込んで暗いところで光るそうですよ。」
「そうなんだ。成る程なぁ~。」
「なんか、皆さんを驚かせてしまったみたいですいませんでした。」
ちょっと白々しいけど本当の事だからそこは申し訳なく思っていたので謝る。
「ああ、やっぱり知ってたんだ、噂になっていたの。悪かったなぁ。家もお袋には誰も逆らえないからなぁ。たぶん、昨日宿で飲んでいた奴らは後で顔を出すと思うよ。」
ジェイの言う通り、その日は表の黒板は✕になっているのにも関わらずいつも食事を食べに来る人達が食材の差し入れを持って代わる代わるやって来た。
僕としてはたいして実害もなかったのに物だけもらった感じでかえって申し訳ないことこの上ない。
何だかんだ言って、この集落の人達は本当に人が良いというか、お人好しだと思うよ。
「つまりさあ、女達はあんた達がよそ者とかどうとかいうよりも、自分達だけ仲間外れにされた感じだったんじゃないかと思うんだよね。」
最後に心配してくれてやって来てくれたアデルさんが言った。織物工房でも貝のランプが話題になって、みんなの誤解が解けたとエマと一緒に様子を伝えに来てくれていた。
「仲間外れ?」
「そう。旦那や息子たち男衆は今まで食べたことがないあんたの料理を声を揃えて褒めまくるし。だからと言って、夜に自分たちも行く訳には行かないしね。」
「別に来ていただいても良いんですけど...。」
「いやいや。あんたの国やお貴族さん達は知らないけど、真っ当な家のかみさんや娘が酒を飲んでいる男たちと一緒に食事なんてありえないよ。」
そうなのか。確かに夜に女性たちを見かけることは無かった。
「まあ、別にあんたのせいじゃないから。気にしなくていいよ。悪いのは自分のかみさん達の恨みを買った男どもさ。」
本当に男って仕方がないんだから、そうブツブツ言いながらアデルさんは帰って行った。
う~ん、アデルさんは気にしなくていいと言ってくれた。そうは言っても僕としてもこの集落の女性達を敵に回したくはないし。皆の家庭不和の原因になってもなぁ。
僕が、う~んと考え込んでいるとエマがすまなさそう言った。
「あの~、ひとつ提案があるんですけど...。」
結局3日ほど止めていた食事の提供を再開した。
「よお、今日はどんなメニュー?」
ジェイがシュミットさんと一緒にやってくる。
「こんばんは。今日はお好み焼きです。」
「おこのみやき?」
「はい。あ、籠はここに並べておいてください。」
カウンターの端の空いている部分を指した。
「おお。籠ってこんなのでいいのか?」
そう言うとジェイは、浅めの手提げの籠を軽く上げて見せた。
「ああ、はい。充分です。」
今日は表から見える黒板の○の下に、来るときに手提げの籠を持ってくるようにエマに頼んで書いてもらっていた。
「よう、クローディア。」
ジェイはカウンター席に座っているクローディアにそう声を掛けるとテーブル席に向う。シュミットさんも軽く頭を下げるとクローディアもチロリと二人を見て軽く頷いた。
何回も会っているのに挨拶をしているのは初めて見た。あまりにもまじまじと見てしまったせいかクローディアが「なんで笑っているんだ?」と不貞腐れたように言ってくる。
「ううん。何でもない。」
ほんの少しだけ、集落の人達と打ち解けたクローディアを見て嬉しくなる。やっぱり、自分の親しい人同士が仲が良いのは嬉しいことだ。僕は機嫌よく料理に戻った。
二人の後にも続々と人がやってきてあっという間に席は埋まってしまった。
今日は、宿のお客さんが来ても申し訳ないけど案内できないかも。もしくはカウンター席のクローディアの横に座ってもらうか...。
さすがにそれはまだハードルが高いかな。
今夜のメニューは、鉄板を作ってもらった時からずっとやってみたかったお好み焼きだ。ソースがなかなか納得いく味にならなくて試行錯誤していたのがやっと出来上がったのだ。ジェイに作ってもらっていた鉄板をコンロの上に置き、キャベツと肉を混ぜた生地を流した。きっとみんなお代わりすると思うから2枚目は先日魚市場で買って冷凍しておいたイカでイカ玉を作ろうと思っている。苦労して作った自家製ソースをたっぷり塗って、やはり王都の城下町で手に入れた削りたての鰹節と青のりを振りかける。皿に移すと次のお好み焼きをまた鉄板に流し込んだ。
出来上がった分の皿をテーブルまで運ぶと、先に出していた漬物をつまみに飲んでいた人たちが歓声を上げる。
「お~、上手そう!この上に載っているフワフワしたの何だ?」
「鰹節と言って魚を乾燥させてから薄く削ったものです。熱いから気を付けてくださいね。」
最初に出したジェイとシュミットさんの皿は待ちきれない周りの人達から取られて既に空になっていた。
結局、用意しておいたキャベツの千切りの山は全て綺麗に無くなった。クローディアに至っては10枚は食べていると思う。帰る人達に持ってきた籠を忘れないように声を掛ける。用意しておいたチーズケーキを籠に入れておいたのだ。
「酔っぱらって忘れて行かないでくださいね。」
そう声を掛けて籠を持って帰ってもらった。
そう、エマが提案してくれたのはこのお土産なのだ。
エマが言うには、彼女の母親が僕が野菜や卵のお礼にと渡していた料理をいたく気に入って楽しみにしていたらしい。
「だからね、せめてご主人や息子さんたちがこの家に来た帰りに美味しいお茶菓子とかをお土産に持って帰ったら女性たちの気分も良くなって、まあ飲みに行くのも仕方がないと思えるんじゃないかしら?」
なるほど、ちょっと分かりやすすぎるゴマすりではあるがお土産がないよりは合った方が良いだろう。
この辺りではお店もないので酔っぱらったお父さんが家族にケーキを買って帰るなんて技は使えないから。
果たしてその効果はすぐに表れたのだった。
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