第35話 芋ようかん

久しぶりに夜の食事を皆が食べに来た翌日。

集落の女性たちが数人、アデルさんとエマと一緒に家にやってきていた。


「みんな誤解があったみたいだし、一度きちんと話したら良いんじゃないかと思ってね。」

アデルさんがそう話を切り出した。実はエマからは来訪については事前に知らされていた。


「いや、わたしがねえ変な噂を流しちまったもんだから。悪かったねぇ。エマからも散々怒られたんだよ。」

そういってエマのお母さんが謝ってくれる。

「いえ、こちらこそ。あの貝が光るのを知らなかったのですいませんでした。驚かせてしまったみたいで。いつも、色々と食材も分けて頂いてありがとうございます。」


「いや~、こっちこそお返しに食べたこともない美味しい料理や菓子をいただいちゃって!いっつも楽しみにしているのよ。」

エマがお母さんてば催促しているみたいでしょと隣で怒っている。

「そう言っていただけると。ありがたいです。」

自分の作ったものを褒めてもらうのは素直に嬉しい。


「あの、良かったら芋ようかんを作ったので食べて行ってください。」

そう言って、全員にテーブル席に座るように促した。

ついでに感想なんかも聞かせてもらえると助かる。この国の人達の和菓子に対する好みなんかをぜひ知りたい。叔母さんは何でもあまり好き嫌いなく食べるけど、他の人達はどうなんだろうか。


そう僕が言ったのに対して皆の目が輝いたのは見間違いではないと思う。

どこの世界でも女性は甘いものが好きなようだ。


今回は芋ようかんにしてみたけど、豆も手に入りやすいので餡を作るのに困らない。他の和菓子にもチャレンジしてみたい。


僕は緑茶と一緒に、作っておいた芋ようかんを一人ずつ出した。


「...。美味しい!」「何これ?」「こんな風に甘くして食べるのも合うんだね、ぺろりといけるよ。」


色々な意見はあるようだが、おおむね美味しいと言ってもらえたようだ。


「この前ジェイが持って帰った来たチーズケーキも美味しかったけど。これも素朴な感じで美味しいねぇ。やっぱり北方のお菓子なのかい?」

そう言ったのはハリマンさんの奥さんつまりジェイの母親だった。


「ええと、たぶん...。」

まあ、そう言うことにしておこう。


「北方って言えば、ヒルダって若い頃は母国の騎士だったんだって?」

「そうそう、すごい剣捌きなんだってねぇ。」

宿での乱闘騒ぎを聞いたのだろう。

「旦那はまだ北方の国に居るんだろう?何をやっている人なんだい?」


え?叔父さん?

全員の視線が僕に集まる。

「えっと...。」

スケートはこの世界にあるのだろうか?

「氷の上で滑る遊びは知っていますか?」


「ああ、私聞いたことがあるよ!北の方では湖に張った氷の上を靴を履いてすいすい滑って遊ぶんだって。」

他の人達もへ~と感心している。

ああ、一応スケートはあるのか。


「それで、ただ滑るだけではなくて、それを大勢の人の前で回転したり踊ったりする競技がありまして...えーっと、今は現役を退いてその先生をやっています。」

まあかなりざっくりだけど、なんとなくだけど伝わっただろうか。


「へ~、男なのに踊るのかい?」不思議そうに聞かれる。

「はい、男性も女性もひとりで滑るのもありますし、一緒に滑るのもあります。」


「王都には男の踊りの先生だっているじゃないか。ほら、貴族の子供にダンスを教えるだろう?」

「ああ、確かに。前に王都に行った時に見かけた先生って呼ばれている人はそりゃ洒落た格好をしていて男前だったよ!」

「舞踏会ではそういったプロの先生方がまず最初に踊ったりすることもあるんだって!」

へ~、と皆が感心したように頷く。

「やっぱり、人前で踊りを見せるくらいなんだから、いい男なんだろうねぇ。ヒルダの旦那は。」


「え?まあ、確かに現役の時は女性にかなり人気があったと聞きましたけど。」

昔の映像で見ただけだけど、柔和な面立ちの叔父さんはキラキラした華やかな衣装が似合ってはいた。


皆がうんうんと頷く。

「じゃあ、ヒルダは騎士の身分を捨てて舞踏の先生との恋を取ったんだねぇ。」

「ひゃあ~、なんかロマンティックだねぇ。」

「こう、周りの反対を押し切って駆け落ち同然にとか?」


え?いやどうだろう?

「えっと、僕はまだ小さかったのでその辺りの事は...。」

なんか話が変な方向へ行っているような気がする。僕は助けを求めてエマの方を見たけど彼女もうっとりとして頷いている。いったい叔父さんと叔母さんのどんな馴れ初めを想像しているのだろう。


「それなのに、姉の忘れ形見の教育の為にこんな遠くまで来てさ。大変だよねぇ。」

ええ?そう言うことになっているのか?

「まあ、魔法使い様達っていうのはやっぱりこの世でいちばんの識者だからねぇ。」

「でも、料理人になるならそんなに勉強が出来なくてもいいんじゃないのかい?」


「えっと、まだ料理人になると決めた訳では...。」


「ああ、そうだよね。まだ若いんだし学者になるのか、料理人になるのか決めなくてもね。」

学者?


「魔法使い様っていえば、この前王都の魔法使い様が来ていただろう?」

「見た見た。ひとりは子供の恰好をしていたけど二人とも凄い美形だったんだって?」

「そうそう、だいたい魔法使い様って言うのは見た目の年齢は関係ないんだからさ、きっと年頃の姿になったらきっと眩いばかりの色男なんじゃないか?」

きゃ~とあちこちから悲鳴が上がる。こんな感じで、その後も延々と彼女たちの話は続いたのだった。


数日後叔母さんが不思議そうな顔をして僕に聞いてきた。

「何か今日アデルのところに行ったら、あそこで働いている人たちにやたら共感されたんだけど?」

「共感?どんな風に?」

「それが、良く分からないんだが、苦労したんだねぇとか、あんたも恋を取るなんてやっぱりと女だったんだねぇとか?まあ、苦労はしたけどさ確かに。やっぱり女ってなに?失礼だよなぁ。」

叔母さんは訳が分からないような不思議そうな顔をしていた。


まさか自分が恋愛物語のヒロインにされているとは思わないだろう。

僕なんて魔法使いに勉強を教わっていて、学者になるとか思われているらしいんだから。


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