第8話 憧れの厨房

「まあ、中学生にしてはできる方だと思うけど?」


自分の食事は自分で作っているし。まあ、以前は叔父さんが作ることが多かったんだけど、今は叔父さんは叔母さんを亡くしたショックで幽霊みたいな状態だし、長期出張も多い叔父さんはあまり家にいないこともあるから、最近はほとんど自分で食事を作っていた。


「...どんな料理が作れる?」

クローディアが期待に満ち満ちた顔で聞いてくる。


何なんだろう、この質問。

「えっと、例えば肉じゃとか?」

じゃがいものような芋がちょうど皿に乗っていたので、そこから連想して答える。


「ニクジャガ?」


「うん、この芋と肉とこの料理に入っているような野菜を一緒に甘辛く煮たものだけど。」

ちょうど、シチューに人参みたいな野菜がごろっと入っていたので、それを指しながら説明する。この世界に醤油があるかどうか分からないので、味はちょっと説明するのが難しいけど。


僕の説明を聞いたクローディアの顔がパァーと輝いた。

「美味しそうだ!」

うっ、もとが可愛いのは分かっていたけど、もともと無愛想な人が笑うとさらに眩しい。

僕は自分の心臓がどくんと波打ったのを誤魔化すように早口で答える。


「う、うん、僕の住んでいる国ではかなり一般的なメニューだと思うよ。」


「肉じゃが、かぁ~。」


いったい、どんなものを連想しているのだろうか?


「他には?!」

既にお代わりした料理も全て食べ終えたクローディアは空になった皿を避けると、テーブルに前のめりになって聞いてきた。もともと胸元が大きく空いたデザインのワンピースを着ていたので、向かい合って座っている僕から見ると更に胸元が強調される。思わず目を反らしてしどろもどろになりながら答える。


「え?えっと、カレーとか?」

「カレー!カレーは見たことがあるぞ!不思議な香りがして一度食べてみたかったんだ。」

そんな僕の気遣いなど全く気に留めることもなく彼女は無邪気に答える。

「そ、そうなんだ。」

それにしても、何だろうこの質問は。




「よしっ!じゃあお前が叔母さんの替わりにこちらの世界に残れ!」


「え?」

いやいやいや、何を言っているんだ。この魔女っ子は!

クローディアのその発言でさっきの僕のドキドキした気持ちはどこかに飛んで行った。


だいたいついさっき叔母さんは帰れないと言っていたばかりではないか。


「えっと、クローディア?もう少~し解りやすく説明してもらわないと。」


「お前が替わりの質量だ。」

「質量?」


こくんとクローディアが頷く。


「お前の世界からこちらの世界に今、お前の分だけ質量が移行している。本当なら消えてしまうお前の叔母さんをお前の質量の替わりに移行させれば消えずに戻ることができる。」


「それって、やったことあるの?」


「?ないが?」

クローディアはまるで何でそんなことを聞くのかと言わんばかりに大きな瞳をパチパチと閉じたり開いたりした。

いやいやいや、そんなキョトンとした顔で言われても、もし失敗したら叔母さん消えてしまうんでしょ?!


だいたい、僕にも学校があるし!

色々と突っ込むところがありすぎる提案に戸惑う。


「心配するな、一度成功すれば行き来は簡単だ。好きな時に行ったり来たり出来るようにしてやる。ただし、あちらの世界に二人で一緒には行けないがな。」


う、う~ん。心配するなっていわれても。

叔母さんがまた叔父さんと一緒に暮らせるようになるのは良いけど、僕がこちらの世界に残るメリットって何かあるのかな?

叔父さんにこっちに来てもらえばいいんじゃないかと。


「言っておくが、時空系の魔法に強い私の協力がなければそう簡単に世界を行ったり来たりはできないぞ。」


クローディアって本当に心を読めるんじゃないのか!?


「いやでも、肉じゃが食べたいなら家に遊びに来てくれればいくらでも作ってあげるし。」


「この宿の向かいに空き家がある。」

「はい?」

また唐突になんか言い出したよ。この人は。


「そこを好きに使って料理をして構わない。台所も好きに改装していいぞ。」


「え?台所を好きにしていい?」

それは、料理好きな僕としてはかなり魅力的な提案だ。憧れの自分の厨房が持てるってこと?


「必要な道具があれば取り寄せよう。」


「ええっ?鍋とか?」それって欲しかったあのフライパンとかも取り寄せてもらえるのだろうか?

以前から欲しかったプロ用のフライパンの幾つかを思い浮かべる。


「ああ、もちろん。」


「えっと、この世界の技術レベルが分からないんだけど、例えばコンロはどうなっているの?」


「コンロ?ああ、火をどうするかということか?それなら、私が使役している火の精がいるからそれを使えばいい。」


火の精?


「今からその家を見に行くか?」


「え?でも...。」

迷っている振りをしていたが、すでに気持ちは見に行く気は満々だ。


「すぐ目の前だ。ヒルダには後で戻って来ると言っておこう。」

「ヒルダ?」

「お前の叔母さんのこの世界での名前だ。」

クローディアは僕の返事を聞かないで仕事中の叔母さんを捕まえて一言二言話すと僕にこいこいと手を振り、入ってきた入り口の扉に向かって歩いて行った。

クローディアの後をついて店を横切っていくが、他の客の視線が僕たちに向けられているのがヒシヒシと感じられる。


う~ん、これは魔女のクローディアを見ているのか、よそ者の僕を見ているのか。両方かな...。

扉を開けて外の通りに出ると思わずふ~とため息が出てしまった。


「こっちだ。」外は既に薄暗くになっていたが、月明かりと周りの家からの明かりが道を照らしていて石畳と近くの建物は良く見えた。

クローディアが道を渡った斜め向かいにある家に向かっていく。

それにしても、あれだけ注目されていてスルー出来るって、すごい精神力...。

全く気にしていないのだろうか。慣れっこなのか。


クローディアが扉を開けた家は周りの家と同じような白い壁に可愛らしい木の玄関扉が付いている。

入り口の扉のすぐ横に大きな格子の窓が付いていてるのが特徴的で中が見えたが真っ暗だった。


「以前、食堂として使っていたのを譲り受けたのだが、私も使っていなくてもう随分空き家になっていてな。」


「カネル!」

クローディアが短く叫ぶと部屋の奥からひゅっ!と音を立てて空中を炎が飛んできた。僕が驚いて肩をビクッとさせるのと同時に、壁に掛かっていた数個のランプに一斉に火が飛び込んで明かりが灯った。

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