剣と魔法の世界の魔王はなぜいつも必ず復活するのか?

阿々 亜

剣と魔法の世界の魔王は、なぜいつも必ず復活するのか?

 その地には、かつて魔王がいた。

 数多の魔物を従え、人間たちの国々を蹂躙し、地の果てまで勢力を伸ばしていた。


 あと少しでこの世界の全てを支配するところまで登りつめたとき、勇者が現れた。


 勇者は優しく強かった。

 勇者は、人々に平和で穏やかな生活を送って欲しいと願った。


 勇者の剣は強かった。

 勇者の魔法は強かった。


 しかし、当代の魔王の力は勇者のそれを遥かに凌いだ。

 当代の勇者に魔王を倒すことは不可能だった。


 勇者は魔王を倒すのではなく、封じるしかないと考えた。

 そして、太古の秘宝、氷結の剣を魔王の心臓に刺し、魔王を絶対零度の氷の中に封じたのであった。


 世界に平和がもたらされた。

 そして、10年の時が過ぎた。


 魔王が封じられた北の果てに、一人の男が現れた。


 その男は、黒いコートに身を包み、背中に巨大な剣を背負っていた。

 歳は30頃で、黒い髪を背中まで伸ばしており、その眼は虚ろで、何処か凶気をはらんでいた。


 男はかつて魔王の居城であったその黒い巨大な城に正面から乗り込んだ。


 かつてそこに集っていた魔物たちは散り散りになり、そこにあるのは封じられた魔王の肉体だけである。


 男は巨大な回廊を歩きながら、この10年間のことを振り返った。


 勇者が魔王を封じたとき、世界中が歓喜に満ち溢れた。

 世界は平和になった。

 そして、その平和は永遠に続く。

 人々はそう思っていた。


 しかし、現実はそうはならなかった。


 綻びは小さなところから始まった。


 最初は経済だった。

 国と国との交易で、各国は徐々に自国の利益を如何に伸ばすかを考えるようになった。

 相手から如何に多く奪い、如何に少なく支払うか。

 そんな金の争いが始まった。


 そして、国々は次に土地を奪い合うようになった。

 魔王の支配で、かつての国境は崩れていた。

 国力が回復してきた各国は、産業発展のため多くの土地を求めた。

「この土地はかつて我が国のものだった」

「いや、その土地はかつて我が国のものだった」


 そんな領有権の問題は次第に歴史に話が及んだ。

 各国は自国の領有権を正当化するために、自国の歴史を捏造し、他国の歴史を否定した。


 相手国の歴史を否定する過程で、とうとう相手国の崇める神まで否定するようになった。


 そして、戦争が始まった。


 かつての人と魔物との戦争ではない。

 人と人との戦争である。


 人と人との戦争は醜さを極めた。

 いわば、同族同士の共喰いである。

 人々は魔物との戦争以上に心を病んだ。


 男がこの10年間に起こったことを振り返り終わるころに、男は遂にそこに辿り着いた。

 魔王が封印された玉座の間である。

 玉座の間は広く、小さい城が丸ごとすっぽり入ってしまいそうだった。


 魔王は広間の中央に仰向けに横たわり、氷漬けになっていた。

 魔王の大きさは人間の10倍はあった。

 肌は爬虫類のようであるが、顔と骨格は人間によく似ていた。


 男は器用に魔王の体によじ登り、体の上を歩いて、胸元に向かった。

 魔王の左胸にそれはあった。

 かつて勇者が魔王を封じた氷結の剣である。

 男は氷結の剣の柄に手を添えながら、魔王の顔に目をやった。


「お前がいなくなってからこの世界は散々だ。人間たちは皆戦争で忙しい。お前たちとの戦争の時よりもたくさん死んでいる。俺の仲間も皆戦争に駆り出されて皆死んだ」


 男はそう言って剣を両手で掴んだ。


「この世界には、お前が必要なんだ。だから戻って来い」


 男は両手に力を込めた。

 そして、剣は蒼白く光始めた。


「氷結の剣よ、魔王を解き放て!!」


 男はそう言って、剣を魔王の体から引き抜いた。

 巨大な地響きと共に、魔王を封じる氷に幾つものひびが入っていく。

 男は崩れ落ちる氷の上を飛び移りながら、広間の出入口まで戻った。


 そして、魔王がゆっくりと立ち上がった。

 魔王は男の姿を見てこう言った。


『久しいな、勇者よ』


「ああ、久しぶりだな、魔王」


 勇者と呼ばれたその男は、まるで数十年来の友人と再会したかのようにそう返した。


『お前一人か?』


「ああ、俺の仲間は皆戦争で死んじまった。戦士も、魔法使いも、僧侶も、武闘家も。残ったのは俺だけだ」


 魔王の問いに男は、いや、勇者は答えた。


『そうか。で、なぜ私を蘇らせた?』


「またもう一度始めよう。勇者と魔王の戦いを」


『何故に』


「この世界には、それが必要なんだ。みんなそれを求めているんだ。それが最もこの世界の自然な形なんだ」


『いいだろう』


 魔王はゆっくりと動き始めた。

 勇者は剣を構えた。


「俺が死んだら、人間の中から次の勇者がまた現れる。お前が死んだら、魔物の中からまた次の魔王が現れる。この世の終わりが来るまで続けよう。勇者と魔王の戦いを!」


 そして、勇者と魔王の伝説は続くのであった。



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