第五の勇者

 おれは目尻に滲んできた涙を痛みで引き攣る指で拭った。


「お断りだよ、バカヤロー!」


 あまりにも可笑しくて、ちょうどいい罵倒語も思いつかない。

 デスクが顔を真赤にして身を乗り出した。注文と違うとでも言いたげだ。


「デックス! お前――!」

「うっせぇよ。叫ぶな。なんで殺したんだ?」

「あぁ!?」


 意味がわからないってノリの単音だった。それだけで十分だった。

 おれは葉巻を口に咥えたまま言ってやった。


「ホンモノでも断るってのに、ニセモンのカーライルなんて死んでも嫌だね」

「――なんだって?」


 デスクが空っぽの財布を覗き込むオヤヂの顔をして言った。すぐに傍らのカーライルを見やったが、三文役者は目を泳がせるばかりだ。替え玉にしたってショボすぎる。


「なぁカーライル、聖教会の予言じゃ五大勇者には刻印があるんだそうだが……どうだ? ひとつ見せてくれねぇかな? 刻印がホンモノだったら話を聞く気も出てくるんだけどよ」

「――あ、あぁ! いいとも! これだ!」


 カーライルはおれとデスクの間で視線を往復させながら胸元をはだけた。左の胸にはっきりと、ダスキーヒルでも見た、立ち上がる獅子をモチーフにした――

 刺青があった。

 ホッとしたようにこちらを見るデスクを肴に、おれは葉巻の煙を吹かした。


「よくできてる刺青だよ。ホンモノを参考にしたのか?」

「――デックス?」


 デスクが間抜け面を晒した。寝床で間男を見つけたオヤヂのようなツラだった。

 おれは自分がつくりえる最高の笑顔を見せてやった。


「デスク、たしかめ忘れてるよ。地返しの短剣が本当に返り血を防ぐのか見ないと」

「――――あ?」


 そう発したデスクの顔は。飼い犬に手を噛まれたオヤヂみたいだった。

 おれは人差し指と中指を揃え空中に印を切り、見えない紐で短剣を引き寄せた。手元に血返しの短剣が戻り、デスクとカーライルが血相を変えた。


 おれはツールバッグから鋼鉄ペンを抜き、ふたりを横目に短剣と同時に投げた。ボッとしていた黒服ふたりが喉を貫かれて膝を突く。カーライルが素人みたいに無様に叫んだ。おれは短剣を手に引き戻しながら扉が開くのを待った。


 ガン! と男が飛び込んできた。おれはに短剣を投げた。スカッ! と刃が額に刺さった。瞬時に出来上がった死体の脇を抜け男が突進してくる。おれは余裕綽々、印を切った。


 血返しの短剣が漆黒の尾を引き、迫りくる男の首を背後から深々と薙ぎ、手に戻った。男の口から迸る鮮血がおれの躰に触れ、派手に散った。赤黒さを通り越し、ピンク色に光り輝く血液が、粘着質な水音を立てながらデスクとカーライルの服を濡らしていく。ふたりの口から、男の声とは思えぬ悲鳴が迸った。

 

 銃声。


 隣の部屋だ。

 おれは、血を飛沫き枝垂れかかる死体を蹴り飛ばし、デスクとカーライルに言った。


「これで五人。来る前にひとりやったから六人。お前らの味方はもういない」


 おれは卓上の鞘を引っ掴み、短剣を納め、腰に巻きながら言った。


「そうビビんなって。俺は、お前らを殺せねえんだから」

「な、に……?」


 呆然とするデスクとニセカーライルに葉巻の煙を吹きかけ、おれはツールバッグから一枚の紙を取り出した。ダスキーヒルを離れる直前、おれに耳打ちをするとき隊長が仕込んでくれた手紙だ。予想通りのことが書いてあった。

 おれは吟遊詩人が歌い上げるように言った。


「何が魔王城だよ、バカバカしい。ベーコン・ボムの臭いがしたぞ? おれは今日、今頃、ダスキーヒルにいるんだ。ここでくたばった六人は殺せない」


 ベーコン・ボムなんていう悪ふざけみたいな食い物を好むのはは王都の人間だけ。手紙には、『身を隠せ』とある。それだけで十分だった。


「色々と教えてくれてありがとう。礼代わりにひとつ、いいものを見せてやるよ」

「……いいもの、だって……?」


 アホみたいに呟くカーライルに、そこだよ、とおれは人差し指を差し向けた。


「血返しの短剣――凄いだろ? でも、第五の勇者が欠けてると確信するには弱いと思わないか? なんでおれがそう思うのか、興味が湧かないか?」


 デスクの喉が鳴った。オヤヂってても元は記者だ。気づいたらしい。

 おれは左袖をまくりあげ、そこに刻まれた刻印を見せつけた。


「よーく見とけ。これがホンモノの、勇者サマの刻印だ」


 第一の勇者には獅子が、第二の勇者は魚、第三の勇者が双頭の蛇で、第四の勇者は一角を持つ馬が、それぞれの躰に刻まれているという。

 そして、おれの左腕には、第五の勇者を示す、白樺の枝で形作られた梟がいる。

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