知らない言葉

 デスクは手を引き、今にも怒鳴り散らしそうな目をしていた。


「それで? 証拠はどこにある? まだ持ってるんだろ? 隠す時間はなかったはずだ」

「もちろん持ってる。隠すつもりなんてなかったからな」


 デスクは薄く笑い、カーライルと目線を交わした。


「見せてくれ。それがどういう証拠なのか知りたい」

「功を焦ったな。よっぽどやましいことがあったらしい」

「いいから見せろ!」


 バカの叫び方だ。そんな人だと思わなかったと嗤ってやりたくなった。


「もちろん見せるさ。けど、先に聞きたい。おれは何をさせられてたんだ? この三年、おれはいったい何をしてた?」


 デスクは奇妙な顔を見せた。勝ち誇るオヤヂの顔だ。


「見せてくれたら教えてやるよ。その先の話もな」


 その先? おれは首を傾げたくなった。だが、聞き出すにも餌がいる。

 おれは首を振り、入り口近くの男を顎で示した。


「短剣だよ。血返しの短剣だ」

「……血返しの短剣?」


 デスクとカーライルが声を揃え、おれの短剣をもってこさせた。すらり、と引き抜かれた短剣の、黒鋼に青い雷跡が浮く刀身に、ふたりが息を飲んだ。

 デスクは値踏みするような眼差しでおれと短剣を見比べた。


「見事な短剣だとは思うが……これがなんだ? どこが確かな証拠なんだ?」


 分かってない。デスクだけならともかく、カーライル自身も。

 おれは全身の血液が泥に代わっていくような虚脱感をおぼえた。


「知らねぇのか? それとも聞いてないのか? お前らの予言だよ。魔王は普通の方法じゃ殺せない。第一の勇者が力を奪い、第二の勇者が魔を奪う。第三の勇者が体を奪い、第四の勇者が心を奪う。そして第五の勇者が命を奪う。順番がきっちり決まってんだ」

「……それが?」


 なんと、カーライル当人が尋ねてきた。おれは笑みをこらえて答えた。


「第五の勇者が魔王の命を奪うのは、その短剣の持ち主だからさ。その剣は返り血から持ち主を守ってくれる。魔王は返り血を介して転生する。第五の勇者がいなきゃ殺せない」

「……バカな。魔王がまだ生きているとでも言うのか? 魔王を倒したあと、私たちが元の場所に返しただけかもしれないじゃないか」


 かもしれないときた。目の前にいる男がへっぽこに成り下がった瞬間だ。

 おれは心底虚しくなり、こみ上げてくる可笑しみを笑い声に変えながらデスクを見た。


「嘘だと思うなら折ってみたらどうだ? 普通の刃物なら簡単に折れるさ」

「――そうしよう」


 デスクは短剣を横手に差し出し、入口近くの男たちを呼んだ。男たちは短剣をふたつの椅子を渡すように置き、鞘に収めたままの剣でぶっ叩いた。鋭い打音が響き、弾かれた短剣が床に転がる。デスクが目配せし、男ふたりが躍起になって叩いた。無駄だ。

 故郷に伝わる我が家の家宝は、少なくとも、百年は刃こぼれひとつしていない。

 おれは調子っぱずれの打音を楽しみながら言った。


「で、どういうことか教えてくれよ。約束だろ? おれはこの三年、何をさせられてた?」


 汗だくになりながら首を横に振る男ふたりを見やり、デスクは口を開いた。 


「バグフィックスだよ」


 耳馴染みのない言葉に、おれの眉が勝手に寄った。


「バ……なんだって?」

「バグフィックス。害虫駆除だ。大量に湧いた害虫を根絶やしにするのに、出てきたのを一匹ずつ潰して回っても時間の無駄だろ? そういうときは元を叩くんだよ」


 話が見えない。ただ聞くしかなかった。


「その害虫の大元がおれだって?」

「いや違う。デックス、お前が害虫の出てくる穴を探しだし、俺たちがそれを塞ぐ。そうやって二度と害虫が湧かないようにする。そういう手はずになってたんだ。これまでな」

「おれが探して……? おい、その穴ってのは……」

「蟻の這い出る隙間もない、って言葉、聞いたことないか?」


 デスクがニィっと口の端を吊った。


「聖教会の予言ってのは穴だらけだよ。予言どおりにするのは大変なんだ。ラナンキュラス様もそうとう苦心なさってるが、おひとりじゃ手が足らない。分かるだろ?」

「……ラナンキュラス。またあいつか。聖教会の予言ってのは嘘だったのか」

「嘘だなんて! 不敬だろ!? 予言は真実だよ! 真実でなくちゃならない!」


 デスクのわざとらしいくらいな大声に、傍らのカーライルが苦笑した。

 真実とは、嘘の同義語だ。

 ジョー婦人の穏やかな笑みを思い出す。

 嘘が下手なやつほど、論理的な整合性を取ろうとする。

 おれは王の言葉を思い出し笑った。


 言論に自由あれ。


 しかし、ペンを取れば誰もが悟る。


 自由とは反逆者を炙り出す罠だ。


 おれはずっと罠にかかっていた。最高で、最悪だ。


「胡散臭いところを探させて、おれに報告させてたのか。あとから塞ぐために」

「そういうことだな。ついでにいえば、俺が記事をチェックして、聖教会に塞いでもらい、それから新聞に載せるんだ。そうやって穴に近づく蟻どもを見つけ出し、先回りして穴を塞いでいくわけ。繰り返すたびに聖教会の予言が真実に近づく」


 カーライルが尊大に背もたれに躰を預け、デスクに代わって言葉を継いだ。


「キミは優秀な駆除業者――いや、大工かな? 次々と穴を見つけてくれる。ラナンキュラス様も驚いておられた。キミさえよければ聖教会の栄誉ある黒蓮の一員として――」


 たいへん申し訳ないのだが、おれはそこで耐えきれなくなり爆笑してしまった。デスクとカーライルの顔が一瞬で強張って、それもツボにはまった。


 黒蓮が栄誉!? 


 あんな狂信者の一員になるのが!?


 笑うたびに傷が引き痙れ、口中が鉄臭くなった。

 

 憧れは憎悪への助走だ。


 おれは笑わずにいられなかった。

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