愚鈍な豚

 隊長が階段をのぼりきると、後ろから、どこにでもいそうな顔つきの男女が次から次へ。全員が同じ格好で、武器だけは思い思いのものを携えている。街の住民たちが作った自警団にしては仕上がっているし、観光客向けのサービスでもなさそうだ。


「よぉ、黒蓮の人らかい? それともカーライルの私兵とかか?」


 呼びかけると、隊長が腰の下で指を振った。周りの連中がじりじりと間合いを詰めながら広がり、おれたちを取り囲んだ。

 風が吹いた。日に照らされて湿った雪は一粒も散らない。

 おれはもう一度、隊長に声をかけた。


「よく知らねぇんだが、黒蓮ってのは舌を切ってたりすんのか?」

「……着いてきてもらおうか」

「喋んのかよ。拍子抜けだな。断るって言ったらどうなるんだ?」

「口で頼んでるうちに来てもらいたい」

「もちろん着いてくさ。けど、手荒に来たら全員ぶっ殺す」


 傍らでマルセルが背筋を伸ばした。ビビらせたかった相手は平然と答える。


「できると思ってるのか?」

「できる。楽勝だ。まず飛び込んでお前の喉を刺して殺す。てめぇが腰に下げてる剣を左の女にぶん投げてぶっ殺す。おれはお前の躰を左斜め後ろに押し込み、右手に動いて――」


 おれの戦術を聞き、左手側の女が一歩後退った。


「――先に言ってしまっていいのか?」

「できるからな。間違いなくやり遂げる。ただ、やらなくて済む場合もある」

「……聞こうか」


 おれはマルセルの方に手を広げた。


「どっかに連れてこうってんなら彼女も一緒だ」


 勇者領だ。分断されたら守れない。

 隊長はしばし沈黙し、首を縦に振った。


「元よりそのつもりだった。それでは――」

「待てよ。荷物も持ってくれ。重たいんだよ、この鞄。そんくらい頼まれてくれるだろ?」

「いいだろう。では、武器をこちらに渡してもらおうか」

「渡すよ。渡すけどよ、手荒にやったらそいつをぶっ殺す。おれが痛ぇと思ったり、マルセルが痛いと言ったら、言わせたやつをぶっ殺す」

「殺さなきゃ気が済まんのか、お前は」

「殺したくらいですむか。ぶっ殺した奴の素性を洗って血縁のある奴は片っ端から拷問にかけてやる。スラムで色々と学んだ。ガキの頃は狩人だ。血にも悲鳴にも慣れてんぞ」


 おれは、ビビって後ろに下がった女に目をやった。


「まず指を一本ずつ落とす。爪の先から三回に分けてな。次は鼠だ。少しずつ齧らせてやる。生かされてることに絶望を抱くまで、徹底的にやってやる。どうだ?」


 冗談だとでも思ったのか、右手側にいた男が薄く笑った。


「それで脅したつもりか、反逆者。我々は――」

「脅しじゃない。おれがやることを先に教えてやってる。名乗るのは勧めない。ガキ、親、親戚、ダチ――片っ端から叫ばせる。チビの弟ふたりや、ふたりめのお袋や、親父や、村のみんなの魂のためなんかじゃない。おれはおれのためにやり遂げる」


 耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうなほど微かに金擦れの音がした。男の手の内で槍が震えていた。おれが一歩近づくと、男は慌てて下がろうとして尻もちをついた。

 隊長が小さくため息をつき、剣の柄尻に左手を乗せた。


「……そんなにいじめないでやってくれ。実戦経験があるのは私くらいなんだ。小便をチビられたりしたら恥ずかしくてかなわん」

「見るからにそんな感じだ。突破して逃げるって手もでてきたな」

「手荒にはせんよ。頼まれた場所に連れて行くだけだ。……私はまだ死にたくない。恥を晒してまで生き延びた意味がなくなる。この子らにだって死んでほしくない」

「そいつはねぇよ、黒蓮。死にたくなかったおれの故郷の奴らはみんな殺されたぞ?」

「その黒蓮というのもよく分からん。とにかく街から出てって欲しい。命令された以上、生き延びるために、あんたをその場所に連れて行く。それ以上は関わりたくないんだ」


 隊長の言葉に嘘は感じられなかった。その瞳は、死が報じられたジョー婦人と同じ、見続けることを選んだ色を湛えていた。

 おれは血返しの短剣を吊るベルトを外し、左手にさげた。


「行こうか。武器はこれだけだ」


 鋼鉄のペンはあくまで筆記具、マルセルの拳銃はお守りでしかない。


「――預かろう。なに、すぐ返すよ。そこの郵便局まで行こうというだけだ」


 隊長はおれの手から短剣の下がるベルトを受け取り、背を向けた。おれとマルセルは周囲を領兵に固められたまま、郵便局までついて行った。緊張した面持ちのマルセルには悪いが、おれは肌が粟立つような高揚を覚えていた。


 あの伝説となった勇者サマ、カーライルに会い、話を聞けるかもしれない。本当に魔王を倒したのなら、その詳細を、奴の口から聞けるかもしれない。

 あの夜、木陰から見た惨劇の実態を、誰を殺せばいいのかを、聞けるかもしれない。


 そのとき、おれは十年に渡る悲願を叶える。


 だが、目眩を覚えそうな興奮の中心に、深い落胆が根を張っている。

 所詮は伝聞。この目で見たことにはならない。

 奴の語る嘘に、シンジツに踊らされるだけかもしれない。

 信仰という名の思考放棄を自らに選ばせ、愚鈍な豚として鳴き声をあげる。

 さぁ、ここで手を叩いて。


「――ボギー……」


 郵便局の手前で、隊長がおれに振り向いた。


「なんだって?」

「愚かな豚が鳴いただけだよ」

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