幽霊
「……まぁ、掘り返してみるわなぁ」
そう広くない部屋のあちこちに盛り土があり、いくつもの骨が一箇所の穴に投げ込まれていた。土や骨の状態からして掘り返されて十年は経っている。別れの部屋の祭具や書物を持っていったのだから、やったのは副葬品狙いの墓荒らし――そこに年代を加えると、
「……マルセルにゃ見せらんないわな」
やったのは勇者カーライル、もしくは聖教会。おれは一緒くたにされた骨山を覗いた。新しい骨はない。バズギーは前にいた連中を墓地に埋めたと言っていた。もしかしたら、親父たちの遺骨は聖教会式の墓標の下にあるのかもしれない。
そうなると、墓標の意味も変わる。
あれは慰霊なんかじゃない。
攻略、あるいは征服の証として立てられた。
「……考えすぎか」
墓標を建てたのはそこまで昔の話じゃない。すでに征服した場所に戻ってきて旗を立てようとするのはバカの仕事だ。本当に慰霊のために建てたと考えるほうが自然だろう。
世の常として、後ろめたい人生を送ってきた奴ほど信仰に篤くなる。
不安で救われないからこそ、神に祈りを捧げる。
厳密に聖教会の教えを全うできる人間は世界でも数人くらいだろう。信仰が先か。罪悪感が先か。順序は違えど信仰の目的が悔恨や贖罪であることに変わりはない。
「……しょうがないか」
おれは誰に言うでもなく音にした。カーライルが何か証拠を残していないかと頭の片隅で考えていたが、証拠が奪われたという証拠しかない。その証拠にしても、担保するのは村で起きた惨劇を知る人間――つまり、おれだけだ。しかし、世間で村の生き残りとされているのはおれではなく、五大勇者の名もなきひとり――
「――生き残りが村の人間……なわけねぇか」
おれは首を左右に振り、疑念を払った。もう何千回と考えた可能性だ。たとえそうであったとしても足取りを追えない。無駄だ。無意味だ。
村に帰ってきたことすらも。
ため息交じりに戻ると、マルセルが椅子の上で膝を抱えていた。しかも涙目だ。
「……何やってんだ?」
グリン! と、マルセルがこちらを向いた。不覚にもおれは一歩後ずさった。
「ど、どした?」
声まで震えた。
「で、で、で、で、デックス! こ、こっち! こっち来て……!」
「……だから、どうしたのか言えよ」
適当な椅子を拾いマルセルの横に腰を下ろすと、抱きつかんばかりに肩を寄せてきた。
「ここここここ声! 声、がっ! きこ、聞こえるの!」
歯の根が合わないのか文節までとぎれとぎれだ。
「声って……おれの? わけないよな」
マルセルはぶんぶん首を振った。
「お、女の人とか、お爺さんとか、おばちゃんとか……!」
「なんて言ってた?」
「な、なんか……! どこから来たとか! いくつなのとか! あ、あ、あと! 蜂蜜ティーを淹れてあげたいんだけど茶器がないとか……!」
「マジかよ。めちゃくちゃ可愛がられてんじゃん。おれのときはエラい違いだ」
幽霊たちの予想通りな反応に、おれは笑った。村の幽霊話はいつだって明るい。迷子になったと思ったら幽霊が遊んでくれてただの、病気になったと思ったら幽霊が妙な薬草の生えてる場所を教えてくれただの、住民を害するような話はひとつもない。
もちろん怖い幽霊もいるが、怖いの方向が聖教会のそれとはだいぶ違う。たとえば、おれがやられたように、対人戦の難しさを三日三晩に渡って厳しく教え込まれたり、練習をサボったら夢にでてきたり、そんなんだ。
「話したほうが夜明けまで退屈しないで済むけどな……まー、怖いなら放っとけ」
「そ、そ、そ、そうするっ!」
言ってマルセルはおれの腕に抱きついてきた。ランタン以上の火は使えないので抱き合うのも悪くはないが、体温で暖を取るなら油がもったいなく思える。
おれはふっとランタンの火を吹き消した。部屋が真っ暗になり、
「なんで消すの!? なんで消すの!? なんで消すの!?」
耳元で三発の雷声が轟いた。同時に、細腕がおれの脇腹に回り込み、骨を歪めんばかりに力を込めた。変な笑い声が出るほど痛いが、痛いとわめくのは性に合わない。
「……マルセル、意外と胸あんのな」
「いいいいいい意外かどうかしらないけど! つ、つ、つ、次言ったら、折る……!」
ミシリ、とおれの肋骨が軋んだ。
「怖いのは分かっけど、もうちょっと力抜いてくれねぇ? これじゃ守れないぞ?」
「――へっ?」
「明かりを消したのはな、もし敵が入ってきても、有利に立てるからだよ」
幸いにも腕の力が僅かに緩んだ。これで落ち着いて胸の感触を楽し――むつもりはハナからないので、おれは言葉を継いだ。
「まず馬がいるからなんか反応するはずだろ? ここには階段を降らなきゃ来られないから靴音が聞こえる。で、真っ暗闇にいれば明かりが近づいてくるのに気がつける」
「……なるほど……?」
「最近の若いのにしてはよく考えとるのー」
「だろ? これでもガキの頃に曾祖父さんの大叔父さんに教わってっかんな」
おれは唇の片端を吊り、足を組んだ。マルセルが緩めた腕にまた力を入れてきた。
「……デックス?」
「……なんだよ?」
「い、いま、変な声が混ざらなかった?」
「変な声? いや? 変な声なんてひとつも――」
「いやいや若いの、そういう意味では言っとらんじゃろ」
「――これ! この声! これなに!?」
ぎゅぅぅぅぅっと肺から息が絞り出されていくのに耐えながら、おれはシガーケースを出した。振り払うのも男気が足らない気がするので、匂いで離れてもらうつもりだった。
火を灯し、煙をプっと吐きだすと、
「なんじゃそれは?」
と岩壁に吸い込まれていくような嗄声が頭の奥に響いた。
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