土の下はあったけぇ

 墓地は十年も放置されていたとは思えないほど小綺麗に片付いていた。バズギーたちがやったのだろうか。盗賊という設定を忘れて食前の祈りと死者に捧げる祈りを分けてしまう信仰の篤さだ。十分にありうる。


「こっちだ、マルセル。夜を明かすにゃ寒すぎる。地下に入ろう」

「はいはい地下ね……地下? 地下って?」

「この下だよ」


  おれは足元の雪を踏みつけた。


「奥が崖みたいになってっから滑らないように気をつけろよ。たいした高さはねぇけど力のいれどこが分かんねぇから足くじくぞ」


 言って、おれは雪を蹴散らしながら崖下に降りた。崖に面して墓地の入り口があり、馬が悠々とくぐれそうな古びた扉がある――のだが、忌まわしい記憶を封印するように、長年の風雪で赤錆びた太い鎖とゴツイ錠前が取り付けられていた。

 おれはロックピックで錠をこじりながら言った。


「マルセル! どうした!? 馬なら中に馬房があっから大丈夫だよ!」

「はいはいはい!」


 マルセルが苛立たしげに返事をしながら馬を連れて崖を降りた。


「まったく至れりつくせりね……地下に墓地とか、信じらんない」

「自分の目で見たものくらいは信じろよ」


 おれは苦笑しながら錠前を外し、鎖を解いた。


「どっかで雪かき体験してきたらどうだ? 積もった雪を除けて凍った土を掘って――掘った穴に寝っ転がりたくなる。だから先に掘っといて雪かきだけで埋葬地に入れるようにしてるわけ。土の上にあんな重そうなもんこさえるのはクソバカ聖教会くらいだよ」

「ちょっと! クソバカって――」

「不敬よ! ってか? ここらはおれの村の墓地で、聖教会の信徒用じゃねぇんだよ」


 マルセルに連れられてきた馬が、ブルル、と鼻息を鳴らしながら首を縦に振った。


「……そうね。不敬なのは聖教会の方かも」

「かも、じゃなくて不敬だよ。――まぁ埋葬するだけなら誰でもウェルカムだけどな」

「どういうこと?」

「おれの村ではな、この世は単なる遊び場で、肉体は森から借りてるって教わるんだ。動かなくなったら森に帰す。人が何を信じてようがどうでもいいが『森は大事に』ってな」


 おれは扉に手をかけ、マルセルに振り向いた。


「というわけで、おれの村へようこそ、お客さん」

「……あんたの村って……」

「おれは村長の長子で、親父は死んだ。だからおれの村――ま、世襲制じゃねぇけど」


 扉を開くと、懐かしくも埃臭い風が吹き出してきた。入ってすぐの馬房――敷き藁がないのでただの繋ぎ場――に馬を繋ぎ、お拾ったカンテラ片手にさらに下へと降りる。


「……不思議ね。上はあんなに寒いのに……」

「なんだっけ……地学、だっけか? そういうので習わなかったか? 山ん中だろうが雪の下だろうが、どこの土の中もだいたいオンナジくらいだよ」

「……死んだら分からなくなるからとか?」


 マルセルにしては珍しい不謹慎なジョークにつられ、おれは思わず吹き出した。


「いまのは良かった。本家超えだよ。でも残念ながらただの体験談だ。鉱石掘りだの墓穴掘りってのは意外とガキも重宝されるし短期で入っても割がよくてね」

「……それも戦災孤児の嗜み?」


 妙に悔しげな声が反響した。

 おれは石室の扉を開きながら言った。


「色々な経験をしてて羨ましいか?」

「……そんなこと言ってない」

「怒るこたねーよ。おれだってマルセルが羨ましい」

「……私が?」

「そうだよ。もし王都で生まれて、学問を学ばせてもらえていたら――なんてな」

「……いつだって後からくるケーキの方が大きいって言うけど……?」

「そりゃそうだ。真上から見んのと斜め上から見るんじゃ見える範囲が違うだろ」


 おれは荒れた石室に息をついた。広さは安宿の一部屋くらいで奥に扉。他には朽ちかけの大机と、部屋の隅に椅子があるくらい――祭具や書物の類は全てなくなっていた。


「……ここまでやるかね、クソカーライル」

「……ここ、なんの部屋なの?」

「別れの部屋。机に遺体を乗せて最後の挨拶をする。さっきも言ったろ? この世は遊び場、動かなくなった肉体は森に返す。きちんと森に返したか見届ける人間が要るわけ」

「弔問客が見届け人を務めるってこと?」

「だいたいそんな感じだな。まぁ身寄りがない奴が死ぬこともあるし、旅人がってパターンもあるから、そういうときは地返しの短剣を継承したやつが見送ることになってる」

「……それが、デックスの短剣……?」


 ご明察、とおれは指を振り、椅子を起こした。


「ま、座ってくれ。寝たけりゃそこの机で寝りゃーいいし」

「……待って。そこって……」

「言ったろ? 肉体は――」

「私は聖教会の信徒!」


 おれは苦笑しつつ、埋葬室の扉に手をかけた。


「ちょっと中を覗いてくるから待っててくれ」

「えっ!? ちょっ! 置いてくの!?」

「置いてくっつーか……あんま躰にいい場所じゃねーっていうか……」

「だって、こ、ここにひとりとか……」


 マルセルは青い顔をして言った。


「こ、ここ、幽霊とか出るんでしょ……?」

「だーいじょーぶだよー。幽霊つっても敵意はねぇから」

「私、異教徒なんだけど!?」

「珍しがられることはあっても攻撃はされねぇだろ」


 聖教会と一緒にしてくれるなと、いつぞやマルセルがしていたように手を振りながら、おれは埋葬室に入った。すぐにうっすら湿気った埃臭さが鼻をついた。背後から置いてかないでと声が聞こえる。悲鳴を無視して埋葬室を照らすと、思っていたとおりだった。

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