使えないインタビュー

 バズギーが試すような口ぶりで言った。


「だが、どうだ。デックスさん、酒を飲んだあんたは平気そうじゃないか」

「そこで、ひとつ質問をしたいのさ」


 おれはペンをインク壺に浸した。


「たっぷり薬を盛ったのにターゲットが平然としている。いま、どんな気分だ?」

「だから薬なんて――」

「このデックス様の躰は特別でね。煙草と酒以外は効かねぇんだよ」


 暖炉の火で温められていた部屋の空気が、一息の間に冷えた。

 長い、長い静寂に感じられた。

 誰かが喉を鳴らした。バズギーと目が合った。おれは鋼鉄のペンを持ち上げ、もう腹いっぱいだと滴るインクを見つめた。


 ポツ、ポツ、と毒の混じるインクが落ち、半拍ずれて蝋燭の火が揺れる。


 まるでこちらに押されているかのような動き。おれと燭台を繋ぐ直線上にバズギー。ビビっちまったのか、皺の目立つ額に汗の玉が浮かべている。薄っすらと開いた唇から呼気が漏れ、そのたびに火が律動する。


 ゆらり、ゆらり、と、こちらに傾き、直立し、また傾く――刹那。


 おれはペンを握り、椅子を後ろに蹴った。椅子は床と擦れて嘶きながら背後の男の両足を打った。動揺。男も、息を吐き始めたばかりのバズギーも動けない。

 おれは立ち上がりざまに男の髪を掴んだ。顕になる首。急所。ペンを突き刺した。大量に吸わせた毒インクが自由を奪う。即死せずとも声ひとつ出せまい。


「――――ッ!」


 ようやく一回の呼吸を終えたか、バズギーの気配が変わった。おれは男の首からペンを引き抜きながら躰を反転、渾身の力を込めて投げつけた。

 ペンは蝋燭の火を切断してバズギーの喉に刺さった。

 喉の、大きな膨らみの、指一本下。開いた穴が息を奪う。


 おれはペンを投げた腕を振り抜き短剣の柄を握った。食卓の角に手をついたとき、マルセルの左隣にいた男がすでに腰を上げきっていた。

 よっぽど慌てていたとみえ、剣の鍔が食卓に引っかかっていた。


「バカが」


 おれは食卓の角を飛び越えると同時に弟の椅子に座っていた間抜けの首を薙いだ。すぐ脇でマルセルが椅子を蹴倒し卓上の拳銃に飛びつく。その奥で、四人目の男が剣を抜いた。


 おれはテーブルに転がり乗って燭台とマルセルの間の細い隙間に背中を通し、尻が着く前に男の喉へ短剣を投げた。


 ――ヒット。


 バズギーの前のカップを蹴飛ばし足を下ろすと、テーブルの縁に座る形になった。ガキの頃だったら親父かお袋に樺の枝鞭を食らわされてただろう。

 ガダン、と短剣を食らった男が床に倒れた。拍子に壁にぶち当たり、躰が奇妙な形に折れ曲がっていた。

 マルセルが振り向き、倒れた男に銃口を向けた。遅すぎるくらいだが仕方がない。おれが最初に椅子を蹴ってから十秒も経っていないのだ。

 おれはバズギーの両足を挟むように椅子の両端に靴底を突き、髭顔を覗き込んだ。


「よぉ、生きてるか?」


 バズギーはペンを指で挟むようにして喉を押さえていた。


「……ッ! ひゅぃっ、ふしゅっ、ぷっ――!」


 喋ろうとするたびにペンの軸が小刻みに震えた。息が抜けて声にならないらしい。

 おれは喉から生えるペンを握った。バズギーは喉に空いた風穴を押さえるのをやめ、剣の柄に手を乗せた。たいした根性だが、しかし、


「ブン屋のペンには気をつけな」


 一息に引き抜いた。バズギーの頭が垂れ、どくどくと血が流れた。どう押さえても、もう止まらない。おれは頭をまたぎ越すように足を回し、テーブルから下りた。


「マルセル、無事――」


 絹を裂くような悲鳴をあげながら振り向き、マルセルが銃声を轟かせた。銃口から火花が散り、頭のすぐ横を風切り音が抜けていく。

 鼻を刺すような匂いのする煙が部屋に立ち込め、おれはむせそうになりながら言った。


「――っっっぶねぇな! ぶっ放す前に相手を見ろよ!?」

「ごっ、ごっ、ごめっ、ごめん、なさっ、わた、わたし、わたし――ッッ!」


 マルセルの顔はすっかり血の気が引いて真っ青になっていた。銃把を握りしめる両手がカタカタと震えている。やがて、事切れたバズギーがおれの背後で倒れると、音で緊張が途切れたか、そのままへたりこんでしまった。


「おーい……大丈夫かー?」


 ため息をつきたくなるのをこらえ、おれは右手の人差指と中指を揃えて伸ばし、空中に印を切った。唯一つかえる魔法――短剣を回収するための印だ。


 おれと短剣は目に見えない魔法の紐で繋がっている。

 マルセルの右奥に倒れていた男の喉から音もなく短剣が抜け、目にも留まらぬ速さでおれの手に戻った。瞬間、短剣に宿る魔法の力で、服に飛んだ返り血が弾けるように散った。実のところ、唯一使える魔法自体もおれというより、剣の力にすぎない。

 おれはマルセルの前にしゃがみ込み、銃を握る手に手をかけた。


「落ち着けマルセル。深呼吸しろ。――指、離すぞ?」


 マルセルは喉をぐっと鳴らし、首を縦に小さく振った。銃把を握り込む細い指が力を入れすぎて真っ白になっていた。おれは指に手をかけ、一本一本ひらいていく。


 手から離れた拳銃が、床を叩いた。

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