雪のちべたさ
「……おっと……」
広場に出ると、厳しいツラの男がふたりいた。びっくりしていた。きっとおれも同じような表情をしていただろう。男たちが腰に下げてた剣を抜き、おれは両手をあげた。
家並みがそのままなのは、なぜ?
そう疑問に思うのが先であるべきだった。まさに後悔先に立たずだ。郷愁に囚われ我を失ったアホはここです。なんのための望遠鏡で、なんのためにマルセルを置いてきた。
「どうも。おれは記者なんだ。とりあえず殺さないでくれると助かる」
背後に人の気配。気付いていても素直に殴られてやるのがこういうときの礼儀だ。
ガツン! と後ろ頭に懐かしさを感じさせる衝撃を食らって、おれは昏倒しかけた。
すぐに甲高い指笛の音が響いた。仲間を呼んだのだろう。
顔の下の雪がちべたかった。体温で溶け、服に染み込んでくるのが嫌だった。だが、どうせ殺るなら集まってくれていたほうが楽でいい。
「……やぁ兄ちゃん、変なとこに迷い込んだな」
渋い声の持ち主が雪を蹴り飛ばしながらやってきた。おれは激しく痛む後ろ頭を撫でつつ顔をあげた。大柄な、髭面の中年男――いや、見た目より年がいってるかもしれない。
「記者だって言ったか? どこの記者だい」
流暢なエスリン語。やけに白い歯。戦後に職を失くした王都の兵士だろうか。もしそうだとしたら階級もそれなり、家柄もそこそこ、話も通じるかもしれない。
「……『網の目』のマイク・ハマー」
それでもやっぱり、本名を名乗る気はしなかった。
中年男は腰をかがめ、値踏みするような目でおれの顔を覗き込んだ。
「『網の目』か。知ってるぞ。クロスワードが面白いんだ。あの一番難しいのはてんで分からないんだが、たまに読んでるよ」
「またクロスワード……まぁ、なんでもいいさ。いつもお買い上げありがとうごぜーます」
「いや、買っちゃいないがな?」
「なんだよ……じゃ、次から三回に一回くらいは買ってくれ」
中年男はひとたび目を瞬き、爆発したかのように笑った。
「面白いこと言うな、ハマー。俺はバズギーだ。こいつらの頭を担当してる」
「担当してる? 部下はみんな脳みそ捨てちまったのか?」
「ハッハ! そうだ。脳みそがない。だから気をつけろ? 次は首を飛ばされるぞ」
安っぽい脅しだ。バズギーが力任せにおれを引き起こした。殺し合う前に話し合えるのは助かる。無理に立たされたせいで目の前に火花が散ってはいるが、それ以外は上々だ。
「せっかくここまで来たんだ、取材させてくれねぇか? 礼はするよ」
「やれやれだ。記者ってのは無茶な連中だな」
苦笑するバズギー。後ろ頭をぶっ叩いた野郎が、おれを睨んだ。
「マイク・ハマー? 『網の目』にそんな名前の記者いたか?」
「なんだ。喋るくらいの脳みそはあんじゃねぇか。嘘つくなよ、バズギー」
「おい」
野郎が声を低くした。
「気取るな。バズギーさんと呼べよ」
「はいはい『気取るな』ね……洒落た言葉も知ってんじゃねぇか。見直した」
ふっと一歩踏み出した野郎をバズギーが制し、おれに言った。
「挑発はやめてくれ。記者なのか、記者じゃないのか、どっちだ?」
「……ただの使いっぱしりだよ。人の取材を手伝ってる」
名前以外は嘘じゃない。おれの瞳は揺れなかったはずだ。
バズギーはニヤリと唇を歪め、ついてこいとばかりに片手を振った。
そう広い村じゃない。どこに連れて行こうとしてるか、すぐに分かった。おれの家だ。他の家より一回り大きな茅葺きの屋根が見えてきていた。
「……ここ、最後の勇者が生き残った村なんだよな?」
おれは足を止め、取材がてらに確認した。
「それにしちゃ、ずいぶん綺麗に家が残ってるじゃねぇか」
「残ってるんじゃない。作ったんだよ」
バズギーがわざとらしいくらい自慢気に家並みを見渡して言う。
「俺たちが来る前、ここらはマゴットって奴の根城だった。それを丸っと頂いたんだ」
「嫌な名前の奴だな。そいつは今どうしてるんだ?」
「記者ならわざわざ聞かなくても分かりそうなもんだがな。墓の下だよ」
「――墓だって? そんなのがあるのか?」
「そうだ。村から離れたところに墓地があってな。そこに突っ込んどいた」
バズギーが言っているのは、村の共同墓地だろう。共同墓地といっても墓守もいない寂しい場所だ。おれは可笑しくなって、変に笑わないように注意しなくてはいけなかった。
「その墓地に村の連中も入ってんのかね?」
「そうだ。勇者様のパーティが放置していくわけないだろ?」
「そうかい」
「そうだよ」
おれは顎を振って、茅葺きの屋根を指した。
「あそこがあんたの家?」
「今はな。前はマゴットの家だった」
「その前は村長の家?」
「そうだ」
バズギーが歩きだすのに合わせて、おれの頭をぶっ叩いた野郎が背中を小突いてきた。肩越しに振り向くと、若いのがひとり増えていた。バズギーと、最初に見つけた奴と、後ろのふたりで四人。少なすぎる。まだいるのだろう。
家の全景が見えようかというとき、甲高い音が聞こえた。おれの鼓動は早まった。きっと、仲間の誰かが何かを見つけた。
この場合、何かというより、誰かだ。
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