古い思い出
「……私、デックスの真似って言われて、ちょっとドキッとした。自分の家族を称える教会まで立ててもらってるのに聖教会が嫌い? 信じられない。でも分かっちゃう。私と同じように勇者カーライル様を信じてて、私と同じように聖教会を信じてる人は、探さなくてもすぐ見つかる。でも私たちは仲間の言葉を追ってるだけ。デックスもあの人も違う」
「――そっちは多数派、こっちは少数派。感傷的になりすぎだ」
「嘘は大勢が騙る。真実はただひとりだけが語る」
「誰の言葉かしらねぇが、これだけは言える。引用はバカが権威付けのためにする」
「……バーカ。私達の言葉なんて、みんな誰かしらの言葉の引用でしょ」
「わざわざ引かなくても同じ言葉は出てくる。見て、言い換えたっていい。他人の言葉を借りなきゃ言えないなら、そのバカは言葉の意味を分かってねぇか、聞いてるやつを騙したいからだよ。言ってみりゃ有名人サマの背中に隠れて唾を吐いてるようなもんだ」
おれはマルセルの肩を叩き、扉を指差した。あまり待たせると御者のおっさんに悪い。
「座右の銘が誰かの言葉だなんてダサいだろ。他人の頭に寄っかかって生きたかねぇ。おれたちは記者だ。銘なら自分の手でその先を書くさ。だろ?」
「……一瞬、騙されそうになった自分が怖い」
「騙されるより騙す側? やめとけ、おれもマルセルも嘘が下手な人種だよ」
「人種の問題なの?」
「……言葉のアヤだよ。そんくらい分かんだろ?」
砦を出ると、御者のおっさんは風邪引くどころか焚き火の前でうたた寝していた。足の太い大柄な馬がおれたちを見て嘶く。おっさんがびっくり飛び起き、普通に受け答えするマルセルにもう一度驚き、ホーヴォワークにまたひとつ、まやかしの奇跡が生まれた。
ホーヴォワークの街へ引き返す馬橇の荷台で、マルセルがため息をついた。
おれは横手を通り過ぎる教会を見送り、言った。
「記事か? 紀行文だろ? 見たまんま書けばいいじゃねぇか」
「見たまんまって……」
マルセルの口から聖教会への批判が飛び出る気がして、おれは慌てて言葉を継いだ。
「見たまんまは見たまんま。余計な主観を挟まず、その場にいるかのように伝える。それだけだろ。それ以上のことをしようとするから変になんだよ」
「……デックスの記事だって――」
「一緒にすんな。おれの記事に嘘はねぇ。読んだ奴がどんなシンジツをくっつけるのか誘導しようとはするけどな」
「私がやったら、また真似っ子になりそう」
「だぁからぁ! お前はお前なりに書きゃいいの! それで十分面白い記事に――」
おれは口を噤んだ。失態だ。マルセルはきょとんとしていやがった。
「……ちっと聖教会から離れて書いてみたらいーんじゃーの? たとえば……街で聖教会以外の予言を探すとかよ。街自体は昔っからのもんだし、多少は残ってんだろ」
「聖教会以外の予言って……それどっかで……」
マルセルは胡乱げに眉を寄せてしばらく悩み、あ、と声をあげた。
「それ、あんたの記事じゃない! 『聖教会の予言は……』って、まさか」
「まさかもなにも、おれの故郷に伝わってたおとぎ話だよ」
聖教会が伝える予言は勇者が五人。王都でひとりが立ち上がり、仲間を集めながら魔王を討たんと北上する。対して、おれの故郷に伝わる予言――おとぎ話では、勇者と言えるような存在はひとりしか出てこない。
五人の使徒、五人賢者、五つの掟……聖教会の教えには五という数字が頻出する。元は教会を象徴する五枚の花弁を持つ花、水仙からくるのだろうが――マルセルのいう嘘つきの癖だ。五大勇者の予言も五という数字になぞらえて後からつけられたのだろう。
「……まぁ、紀行文だしね。そういうのもありかも。手伝ってもらえる?」
「資料探しなら、まぁ、ある程度はな」
そう答え、おれはおれで自分の記事に悩み始めた。
ジョー婦人の証言は簡単には扱えない。ホーヴォワークに『網の目』を読んでる奴がどれくらいいるのか知らないが、教会に対して挑発的な記事に協力したと知れれば、彼女はここにいられなくなるかもしれない。
砦で見たものだけじゃ記事は書けない。教会を入れても足りない。郵便局のねーちゃんは後で口説いてみるとして、彼女のことも記事にはしづらい。いっそマルセルについてまわって取材をすれば隠れ蓑になるだろうか。
――我ながら悪くない考えだ。そうしよう。
そう決めたのだが、故郷に伝わる予言を知る者は少なく、概して口が重かった。結果としてマルセルの調査は資料を探すのがメインとなり、隠れ蓑作戦もご破産となった。
おとぎ話の資料を探し、また語ったせいだろう。
その夜、おれは久しぶりに故郷の夢を見た。
雪の冷たい夜の夢――魔物の脅威からひとまず距離を置けるようになり、いっときの激戦が嘘のように落ち着いた日々を過ごせていた頃。
勇者サマが街にきて、親父や、村の連中と凄まじい言い合いになったという日の夜だ。
死の匂いは、音もなく村に立ち込めた。
「逃げろ」
そう告げる親父の顔が忘れられない。
森で狩りを教えてもらったときにも見た顔だった。
獣に気取られ勝ち目がないと悟ったとき、どうすればいいか。最後の一時まで雄々しく戦いくたばるか、誇りなんてものは投げ捨てて死にものぐるいで逃げるべきか。
獣は子を殺すが、人は子を生かす。
だが、人もまた獣の一部だ。
「それとも、俺に殺されたいか?」
おれは逃げた。
死にものぐるいで森に逃げ込み、この目ではっきりと見た。
闇夜に光る、勇者カーライルの反り浅い銀閃を。
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