作り物
おれの声が地下牢に反響し、マルセルは虚ろな瞳を、はっ、と瞬かせた。
「……えっ!? ここどこ!?」
「……マジ? そこから?」
おれは気が遠くなるのを感じた。変な誤解をされるのも嫌なので、おれは砦に来るまでマルセルがどうしていたのか教えながら上に戻った。説明するにつれ彼女の表情は固くなり、暗くなり、しまいには瞳の光が消えかけ、
「いちいちヘコむなよ。あの人が嫌ってんのは聖教会でマルセルじゃねぇだろ?」
「……ほとんど同じように聞こえるんですけど?」
悲劇の女優なら名演技だが、舞台に上がる予定はない。
「ぜんっぜん違ぇよ。お前の思想がどんだけ嫌われてようが文句つけられてようが、お前自身にゃなんの関係もねぇだろ? まぁ? お前から思想を取ったら服だけパサっと落ちますってんなら大問題なんだろうけどよ」
「……私自身が、実害を被ってるけど?」
マルセルは気怠げな目つきになり、殊更に『私自身』を強調した。
「そら思想を持つのは行為だしな。行為は人にかかるもんだ。けど、思想はいつでも捨てられる。捨てちまえば、そいう思想をもってることを理由に嫌ったりできない。なんせ嫌われる思想はもう持ってねぇんだから」
「……罪を償えば無罪放免って? 聖教会の教えに似てる」
「だな。でもおれは、お前と違って聖教会が嫌いだし、信じちゃいない」
難しい顔をみせるマルセルに、おれはつけ加えた。
「ただ、ジョー婦人と違って、おれは聖教会の信徒まで嫌っちゃいない。聖教会を信じてるなんてバカな奴だとは思うけどよ」
「……デックスが私のことをバカだと思ってるのはよく分かった――ねぇ、まさかとは思うんだけど、それで私のこと励ましてるつもり?」
「悪いか? 部屋は違えど三週にわたって寝食を共にした仲だ。そんくらいはするさ」
「あっそ。ありがと――」
言って、秒も経たないうちにマルセルは表情を改めた。
「待った! 嘘嘘嘘! いまの嘘! デックスにお礼とかありえないっ!」
慌てて振られる両手に、おれは苦笑しながら肩を回した。慣れない話に肩が凝っていた。
「気にすんな。誰にでも失敗はあるさ。とりあえず上も見てこうぜ」
「まっ、待て! 聞け! デックス!」
制止の声を背中で聞きつつ、ようやく調子がでてきたか、とおれは内心で胸をなでおろした。打たれ慣れてないお嬢様は怖い。打たれ慣れてもいいことはないから厄介だが。
砦の最上階は、唯一はっきりと破壊の痕跡が認められた。ところどころ傷つき焼け焦げた跡のある壁に、抉れた石床、そして激戦の証としてやたら開放的になった天井――、
「なぁマルセル、どう思う?」
マルセルは大きな傷の傍に必ずついてるプレートを眺めて回っていた。
おれは割れた床の縁を撫で、空を見上げた。
「なーんか、取ってつけたような壊れ方だと思わねぇか?」
「……『正しく壊れてるかどうか』なんて私に分かるわけないでしょ?」
「分かるかどうかなんか聞いてねーだろ? どう思うかって言ってんの」
観光客が怪我をしないように縁を削った? 天井が崩落しないように補強した? 雪が吹き込んで汚れたであろう壁は、焼け焦げを残すように掃除したと?
観光資源にするなら当然の処置だ。言うのは簡単だが、その効果は?
マルセルは穴から空を見上げ、親指と人差し指を立てて部屋の奥までの距離を目測する。
「……記事にしないでよ?」
マルセルが息を大きく吸い込み、小さく吐いた。
「なんかちょっと、嘘くさい気がする」
悲しげな声だった。おれは手についた埃を払い、マルセルの肩を軽く叩いた。
「だよな。すげぇ作り物くせぇ。いくら観光地だって言ってもな」
「……上の穴から光が差して、この床の傷を照らしてるでしょ?」
マルセルは伏し目がちに部屋の最奥に置かれた仰々しい椅子を見つめた。
「目を惹かれて近づく。勝者は光の下に立つ。で、奥の暗闇に敗者の玉座を見る。――あの玉座は昔からあったの? あったとして誰が座っていたの? なんのために? 魔王軍の魔物たちはどうやってこの砦を築き、なんで玉座を置いてたの?」
「――な。先に言っとくけど、おれだって全部を疑ってかかってるんじゃねぇからな?」
「言っとかなくても大丈夫。あんたの記事、場所とか数字だけは信頼性重視だし」
「……しっかりした教育をお受けになったマルセル様にそう言って頂ければ安心だ」
「茶化すな。真面目に言ってんの」
マルセルは婦人からもらった上着を撫で、オーバーサイズな靴に視線を落とした。
「記録は嘘をつかない」
「なんだそりゃ。誰の言葉だよ? 記録なんて――」
「最後まで聞け、おしゃべりデックス」
マルセルは両手を腰に置き、顎を上げた。その両目は物憂げに閉じられていた。
「私の家庭教師をしてくれていた、歴史学者の言葉よ。記録は嘘をつかない。言葉を読むときは記録者の名前を見よ。記録は、記録者の嘘を忠実に残している」
「――なるほど。嘘には嘘つきの癖がでるからな」
「そういうことね。こういう象徴的なやり方で記録を残そうとするのは、聖教会の癖。強調してるといえば聞こえはいいけど……」
「なんだよ、宗旨変えか?」
マルセルは、ふっ、と寂しげに鼻を鳴らした。
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