インタビュー
「ジョー・マングストのご親族よ? お茶を頂けるなんて光栄じゃない」
マルセルは嬉しそうだった。さっきヘコまされたというのに、相手次第で軽いもんだ。
「出されたお茶は飲むのがマナー。そうでしょ?」
「どこのマナーだよ。貴族のお茶会じゃないんだぞ?」
「マナーだなんて、そんなに堅苦しくしないで?」
ジョー婦人が右手に薬缶、左手に無骨なカップ三つを持って戻ってきた。
「この辺りは物音がしないでしょう。すっかり耳が良くなっちゃって」
「……重ね重ね、失礼いたしました……」
「いいのよ。デックスさんにそういうのは期待していないから」
歯に衣着せぬ物言いに、マルセルが口元を隠した。ジョー婦人は穏やかに笑いながら茶をカップに注ぐ。その間に、おれはツールバッグから手帳と鋼鉄ペン、インク壺を出した。
「あら。さっそく取材なの? それも職業病?」
「これは……まぁ、そうですね。職業病は多ければ多いほど、その仕事に熟達していると言えます。ジョー婦人もそれをご期待なさっていたのでは?」
言いつつ手紙を見せると、ジョー婦人は嬉しそうに首を縦に振った。
「デックスさんらしい言い回しね。分かったわ。――でも、その前に――」
ジョー婦人は茶を注いだカップをマルセルの前に持っていき、熱いわよ、と言い添えた。マルセルが腰を上げると、それを待っていたかのように続けた。
「ごめんなさいね、マルセルちゃん」
「――えっ?」
「デックスさんの取材はお受けするけど、他の人には聞かせられないお話なの。防寒着と靴をあげるから、そこの窓から見えるところで待っててもらえる?」
「……えっ? その……」
「お願いね? マルセルちゃん」
ジョー婦人がニッコリ笑うと、マルセルは肩を落として頷いた。
そして。
おれは窓の外で雪を蹴るマルセルの姿に苦笑しながら、鋼鉄ペンにインクを吸わせた。
「さて、と――改めまして、よろしくお願いします、ジョー婦人」
「ジョーだけでいいのに。よろしくね、デックスさん」
「おれのほうもデックスだけでいいですよ。それで、まずこのお手紙なんですが……」
「それはただのファンレター。私、デックスさんのファンなの」
「ありがとうございます。そう言って頂くことは少ないので嬉しいですよ」
「そう? そんなことないと思うけど。目立てなくても、カーライル嫌いは多いし」
おれはジョー婦人の『目立てなくても』という言葉に口の中が粘つくのを感じた。もらった茶を口に含んでみたが、舌がまごつく印象は変わらない。
「マルセルちゃんの……この前の記事みたいなのは嫌いだけど、デックスさんの書く話は好きなの。このあいだの娼婦たちの話は傑作だった。ほら、カーライルって聖人みたいに扱われてるでしょ? 彼に絡まれた女たちの話は、すぐ嘘みたいに言われてしまうから」
「女性は嘘が上手い方が多いですから。男はとりあえず疑ってかかるんでしょうね」
「とりあえず、ね」
音をたしかめるように言って、ジョー婦人はクスクス笑った。
「ええ、そうね。本当にそう。でも、デックスさんは聞いた話をそのまま書いた」
「ゴシップ記者の特権です。嘘か真実かは脇において、とりあえず書いてしまう」
「だからあなたの記事が好きなの。嘘かどうか、まったく気にしないんですもの」
「あー……そこは誤解がありますね。おれは彼女と違ってすごく気にして書いてます」
おれは窓の外で雪を蹴るマルセルを指差した。気づいたマルセルが歯を剥いた。
ジョー婦人が口元を隠して微笑み、こちらに向き直る。
「――デックスさん、なんで女は嘘が上手いか知ってる?」
頭に浮かんだのは『嘘をつきなれているから』という回答だった。きっと違う。
「考えたことはありますが……ひとつ、ご教授いただけますか?」
「まぁ。記者なのに。もっとよく観察しないとダメね?」
ジョー婦人は窓の外のマルセルを見やって言った。
「嘘が上手い女はね、嘘をついてるって自覚がないの」
「……おれには、マルセルは自覚がないように見えますが」
「あら、私マルセルちゃんは嘘が上手いって言ったかしら?」
やられた、とおれは両手を挙げた。まるで不意打ちのような一撃だ。マルセルの記事がダメに見えたのは、まさにそれが理由だったのだろう。口にはしないが、彼女は自分の記事を疑っている。だから男のおれにも嘘が混じっているとわかった。
「――やっぱり、嘘を吐くというのは難しいものですね」
「とくに男の人はね。嘘をつくのに自覚的だから、論理的に正しくしようとしちゃう」
「おれにもそういうところがあります」
「だから、デックスさんは嘘を書かないように気をつけてる」
ジョー婦人の言葉に、おれは次に何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
「現実って不思議だもの。論理的な正しさは後付け。ありえない、信じられない、突拍子もないことが本当のこと。本当のことは嘘と言われ、巧妙な嘘が本当のことにされていく」
「……ジョー・マングスト。フリーキー・ジョー」
「変わってはいたけど、みんなに好かれた、とってもいい子だったの」
ジョー婦人は両目を閉じ、昔を懐かしむような笑みを浮かべた。二度、三度とロッキングチェアーを揺らし、徐にまぶたを持ち上げると低い声で続けた。
「あの子は、カーライルたちに殺された」
小さくとも、他の音をかき消すような声だった。
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