唾棄すべきやり口

「……あのデックスが、こんなに人に優しくできると思わなかった」

「優しい? なに言ってんだ。貸しだよ、貸し。今度メシでも奢ってくれ」


 言って、おれは蝋燭に火を灯した。あちこち安っぽいくせに蝋燭は蜜蝋だった。溶かした蝋を折り返した赤絨毯の切れっ端に垂らし、染み込ませるようにして塗り拡げていく。


「……手慣れてるのね。もしかして、しょっちゅうこうやって女の子を口説いてるとか?」

「バーカ。王都で靴磨きをやってるときに覚えたんだ」

「靴磨き……そっか、戦争で……他にはどんな仕事してたの?」

「なんだよ気持ち悪ぃな。生きるためだしなんでもやったよ。薪割り、水汲み、皿洗い……ほとんどはガキの使いみたいなもんだ。たまーにヤバい橋も渡ったりもしたけどな」

「ヤバい橋……?」


 マルセルの眉間に細かな皺が寄った。


「おれの取材してどうすんだ。それよりジョーのこと教えろ。調べてきたんだろ?」

「やれるだけやったけど……」

「ねぇのかよ」

「時間が足らなかったの! それに王都で手に入る資料はもうだいたいあたってるし……っていうか! 街での取材をすっ飛ばしてここに来たのは誰よ!?」

「キャンキャン吠えんな。おれは書き終えてから資料にあたるタイプなんだよ」


 おれはストーブの上で乾かしていたマルセルの靴を取った。生乾きだが、のんびりしていられない。蝋引きした切れっ端を折り返して内側に仕込み、マルセルに渡した。


「ちょっと窮屈だろうけど我慢しな。指が失くなるよりゃマシだろ?」

「あ、あ、あ……あり……ありきたりな話かもしれないけど!」


 マルセルは靴に足をねじ込みながら早口に言った。


「そこの紐は鐘に繋がってて! 願い事してから引いて鐘が――」

「まさか本当に観光案内丸暗記してきたのか?」

「なっ――違う! 宿に置いてあったのを見たの!」

「ああ、宿に……宿に?」


 言われてみれば、そんなものが部屋に置いてあったような気がしないでもないが――ホーヴォワークに到着して宿を見つけて荷物を下ろしてすぐに出て、


「いつ読んだんだよ? そんな暇あったか?」

「は? 一回見れば覚えられるでしょ、あれくらい」


 サラっと無茶苦茶なことを言って、マルセルは踵で床を叩いた。


「キツ……ま、しょうがないか……」

「んで? この鐘? がなんだって?」


 おっかないので追求しないことにして、おれは天井からぶら下がるロープを掴んだ。


「願い事をしてからロープを引くんだって。で、鐘が三回鳴ったら叶うの。せっかくだからやってみたら? 鐘の音も記事に書きたいし」

「アホくさ。死んでからも願い事されるとかフリーキー・ジョーも浮かばれねぇな」

「ジョー! マ、ン、グ、ス、ト! 何回言えば分かるのよ!?」

「なんでもいいけどよ。記事にすんならお前が鳴らせば?」


 マルセルは居丈高に鼻を鳴らし、腰に片手を置いた。


「私は聖教会の信徒だもん。神頼みなんて不敬はお断り」

「率先して不敬を唆すのはいいのかよ。つか、聖人じゃねえだろ?」


 おれはロープを軽く引いた。腕の力だけではびくともしない。傍には布施盆。観光客目当てのアコギな商売。三回鳴ったら、というのがいやらしい。願い事とやらが聞き届けられるまで金を取って引かせようというのだ。人の善性につけこんで。


「だから聖教会は嫌いなんだ」

「はあ!? ちょっ――」


 おれはその場で思い切り跳ね、限界まで腕を伸ばしてロープを掴んだ。


「勇者カーライルがくたばりますように!」

「――っふっざけんな!」


 マルセルの怒号が礼拝堂に反響する。ぬるりとロープが下がり、おれはしゃがみ込むように着地、ロープを離した。解き放たれた縄は一気に巻き戻されて――、


「……三回はともかく一度も鳴らねぇってのはどういう了見だよ」


 おれの目の前でロープがぶらぶら上下していた。見上げてみても天井に穿たれた綱を通すための穴が見えるだけで、鐘の様子はわからない。

 マルセルの爆笑が礼拝堂に響く。


「アハハハハ!! 鳴らないとか! 罰当たりな願い事は却下ってことね!」

「バカ。寄進させといて音のひとつも聞かせねえのは詐欺って言うんだ」


 おれはロープを引いた。重量感はある。上下もする。繋がってはいるのだ。

 笑い声の残響を浴びながら、おれは扉を探した。どこかに鐘塔に昇る階段があるはずだった。


「――あれか」

「へっ――? って、ちょっと!? どこ行くの!?」


 祭壇の奥に隠されるように配された扉があった。当然のように鍵がかかっている。古いタイプだ。マルセルの説教が飛んできた。やめろ、許可をとってない、何をする気か……、


「昇って壊れてねえかたしかめてやろうってんだよ。善意ってやつさ」


 おれはツールバッグからフックのついたロックピックを出し、鍵穴を覗いた。


「デックス! やめなさい! ていうか、それ何!? なんでそんなこと――」

「うるせえな。ライター七つ道具のひとつ、ロックピックだよ」

「ライター七つ道具って……どこの世界に無断で家に上がり込むライターがいるのよ!?」

「まさに、ここに。何も物を盗むわけじゃねえ。むしろ率先して置いてってやってるよ」


 おれはロックピックを鍵穴に突っ込み、錠前を外しはじめた。


「置いてくるって……まさか!?」


 何かを察したような声に、おれは思わず肩越しに目をやった。マルセルがわなわなと震えながらおれが肩にかけてた自分のバッグを開き、『網の目』の先週号を引っ張りだした。ガッサガッサと数ページめくって叫ぶように読み上げる。


「『深夜の刃傷痴話喧嘩! 甘いマスクは誰のため!?』あんた、この記事……」

「おっほ。載ったのかよ、それ」


 おれは笑った。


「正解だよ、マルセル。さすがに勘がいいな」


 場所は王都の高級アパート、部屋の主は大物俳優。なかなか手ごわい鍵だった。

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