雪の街の観光案内

 これは自慢だが、おれの顔はいい方だ。もちろん、毎夜のように王都の劇場に立つ甘いマスクとまではいかないが、若くて洗練された男を見慣れてない子には十分。そこに街娼相手の取材で鍛えた話術が加われば勝率は三割に達する――名誉のために付け加えると、これは驚異的な勝率だ。


「笑顔がいいね。可愛い。それに綺麗なエスリン語だ。もしかして王都のほうから来てる?」

「えと……そうです。よく分かりましたね」

「そりゃ分かるさ。おれも王都からきて――なんて、冗談。本当は美人には目がなくて」

「び、美人だなんて――」


 美人さんは目を忙しく動かしながら俯き、髪の毛を梳いた。照れてる証、良い兆候だ。

 おれはカウンターに肘をつき、顔を近づけた。鍛えに鍛えた笑顔にウィンクもサービス。おれの首筋から漂うミスカ草の香水はこんなド田舎で暮らす女に特効を持つ。


「かわいそうに。唇が青くなってる。どうだろ、良かったら外で温かいお茶でも――」

「――デックス?」


 背後から両手斧より重いマルセルの声がすっ飛んできて、華麗なる会話をぶった切った。美人さんも肩を震わせながら躰を傾ぎ、鬼でも見たのかキュートな笑顔を引きつらせる。


「え、えっと……彼女さんが怒って――」


 おれは舌打ちしたくなるのをこらえて懐から手紙を出した。順序もリズムもやり方も狂わされたが最低限の目的だけでも達成しなければならない。


「彼女じゃなくて同僚だよ。ごめんねー、実はおれたち仕事で来ててさ」

「えっと、お仕事――ですか?」


 言いつつ、美人さんが肩越しに後を見やった。中年職員が怪訝そうな顔をしていた。

 交代されたらやりにくくなる。おれは声を丸めて手紙を差し出した。


「いやぁ、ちょっと聞きたいだけなんだ。この手紙の封蝋の――刻印のとこさ、ホーヴォワークのやつみたいなんだけど、どうかな?」

「えと、あ、じゃあ、拝見しますね」


 美人さんはおれの手から手紙を受け取ると、押された封蝋を一瞥して小さく頷いた。


「そのようですね。ホーヴォワーク発送の高速転移郵便です。刻印の偽造は――」

「あー、それは知ってる。ありがとう。それより、差出人を見てくれるかい?」

「差し出し人……あっ」


 美人さんが発した微かな声と視線の揺らぎに、おれは確信した。

 この子は差出人を知っている。


「もし知ってたらでいいんだけど、どこに住んでるのか教えてくれないかな? あとで温かい物でも奢るからさ。宿も取ってあるしキミさえ良ければ――」

「――デックス?」


 二発目の大鉈。人前で気軽に名前を呼ぶなと思った。せっかく話が進みそうだっ――


「申し訳ありませんが、お教えできない決まりになってるんです」


 美人さんがおれにしか見えないようにちょいちょいと横を指差した。さっきも見た中年職員が警戒心丸出しで近づいてきている。

 気の利く美人さんに内心で感謝を捧げながら、おれは声を大きくした。


「じゃあ、早売りの新聞ってのはここで買える? それとも――」

「ございますよ。どちらの新聞をお買い求めでしょうか」


 おれは肩越しにマルセルを見やった。視線に気づいた途端に眉がぎゅっと寄った。嫌な予感をおぼえたってやつだろう。正解だ。


「今週の『網の目』あるかい? ツレがどうしても欲しいって言うんでね」

「――ちょっ! デックス! あんた――」


 だから名前を呼んでくれるなと思ったが、今回ばかりはそれで良かった。美人さんの目が輝いたからだ。手紙の宛先と新聞の名前とおれの呼び名が頭の中で繋がったのだろう。

 きっとおれのファン――ではないな。残念ながら。

 しかし、田舎暮らしを強いられている未通娘は危険と冒険の匂いに弱い。


「『網の目』ですね? 出たばかりですから在庫もございます。すぐにお持ちいたします」


 美人さんは中年職員と二、三言交わして追っ払った。新聞を取りに行かせたのだろう。

 いそいそと席に戻ってきたとき、その顔には悪戯っぽい笑みがあった。


「もしよろしければ――こちらでは取り扱っていませんが、街で観光地図をお買い求めになられてはいかがでしょうか? 少し遠くなりますが、ジョー・マングストの栄誉を讃えたホーヴォワーク解放記念教会があるんです。あそこの鐘は観光名所のひとつですよ」

「なるほど。今日の勤務はいつまで? 終わったら――」

「そんな遅くに出たら帰りは夜になっちゃいます」


 美人さんは口元を押さえてクスクスと笑った。


「観光用の馬ぞりもありますので、そちらを利用されるといいですよ」


 言い終わるかどうか。おれは美人さんにもう一度片目を瞑ってみせてやり、新聞片手に戻ってきた中年男にも聞こえるように言った。


「ガードかったいなー。ますます気に入ったよ。観光案内ありがとう。行ってみるよ」


 おれは美人さんの目を見つめたまま、マルセルを指で呼びつけた。


「――それで、早売り新聞はおいくらかな?」


 ビビった。宿賃より高い尻拭き紙があるとは知らなんだ。

 代金を払ったマルセルは、


「随分と女の子の扱いに慣れてるようですね先輩記者様は!」


 と、プリプリしてた。だが、旅行のあいだ彼女は毎週のように早売の『網の目』を買っていたのだ。予定通りの出費で取材も進む。最高ではなくても上々の成果だった。

 おれは、さっそく街で観光地図を買い求め、記念教会に向かうことにした。


 ただ、マルセルは頑として靴を買おうとしなかった。

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